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この句は俳聖芭蕉翁が月下の湖に即ち敦賀の海のあまりの美しさに感動して詠まれたものである。 元禄2年8月14日芭蕉翁は奥の細道の途次名月は敦賀の津でと福井を立った。 その道中及び敦賀滞在中の月の句即ち芭蕉翁一夜十五句が昭和34年大垣市にていわゆる荊口句帳から発見された。その中にこの気比の海があり、その時はじめて世に出た貴重な一句である。 芭蕉翁をして斯く詠ましめた往時の気比の海を偲び、翁の求道の誠を頌るにあたり敦賀ロータリークラブ創立35周年の記念事業として敦賀ロータリークラブ創立35周年記念事業として荊口句帳より書体を写し茲にこの句碑を建立した。 |

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二代大和田荘七翁安政4年(1857年)敦賀に生まれる。 明治・大正・昭和を通じて終始一貫郷土における産業の発展のその永き生涯を捧げる。 敦賀を活動の部隊として、海運業をはじめ金融業など各種分野の事業を経営。 明治から昭和の初期ににかけ、敦賀港の開発振興に尽力され、近代港湾の基礎を築いたその偉大なる功績は永遠不滅である。 明治32年敦賀港が世界に門戸を開いて以来、ここに開港90周年を迎えるにあたり銅像を建立し、21世紀に向けての敦賀港発展の礎とする。 |
