新年の旅日記

久枝神社〜万葉の歌碑〜
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JR予讃線伊予小松駅から三津浜駅へ。

松山市古三津町に久枝神社がある。

藤原純友公駒立岩


 純友が駒を立て沖を見たと伝へられる駒立岩は、現在地より西北30米の田の中にあったが、土地造成中に埋没されていたのを有志の努力で掘り出され、昭和51年3月にこの地へ移し復元されたものである。

「藤原純友駒つなぎの松跡」碑もあった。

万葉の歌碑


熟田津尓舩乗世武登月待者潮毛可奈比沼今者許藝乞菜
(熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな)

『万葉集』(巻第一)、額田王の歌である。

 わが古里古三津は、万葉集の熟田津の里ではないかと、江戸時代から唱える学者もあるように、古くから拓けたところである。

久枝神社


久枝神社 由緒

 建武年間(1334−6)河野通盛が高縄山を背にした広大な河野郷を去って、本拠を道後湯築城に移した頃、河野家の部将、久枝肥前守宣盛の所領であった此の地へ、明治12年、古三津村の村民達が厳島神社より住吉神社、岩崎神社、祇園社の3社を合祀して現在地に奉遷し、社名を久枝神社と称し奉る。

JR予讃線三津浜駅