

| むかし大国主命と少彦名命との2神が道後温泉に来られたおり少彦名命は病にたおれられたが、湧き出る霊泉に浴せられ、病たちまち癒え「ましばし寝ねつるかも」といって践み健び立ちあがった時の石と伝えられている。(伊予風土記逸文による) |
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伊豫の湯の汀にたてる霊の石これそ神代のしるし成ける
古 歌 |
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玉の石の由来は『伊予風土記』逸文に見られるが、玉の石を歌ったこの古歌は、本県と中央俳壇をむすぶ最古の書「白水郎子記行(あまのこのすさび)」(岡西惟中1639〜1711)に見える。 汀(みぎわ)は温泉の水際のことである。岡西惟中は鳥取の人、西山宗因に師事した談林派俳諧の論客。
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