2006年千 葉

外川漁港〜小林一茶〜
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千葉東金道路から国道126号に入り、総武本線に沿って銚子に向かう。

 銚子有料入口で県道254号銚子公園線(元銚子有料道路)に入り、外川(とがわ)漁港へ。


外川(とがわ)漁港


 万治元年(1658年)、紀州和歌山から移住してきた崎山治郎右衛門により築港されたそうだ。

 宝暦3年(1753年)、横田柳几は銚子の渚を巡っている。

君か濱に眞砂子を拾ひ初て、あしか島・めとか濱・佛吼か端・長崎・外川なといへる渚々をめくりて、眺望をほしいまゝにす。


加舎白雄は外川で句を詠んでいる。

 調子江外川の浦にて、

   魚につくからすも今や波戸の秋

加舎白雄「鎌都」

   戸川浦

姫百合の蜘蛛にまかるる暑さかな

からからと小慨よするや春の海

桂丸

 桂丸は銚子小浜の素封家宮内太郎左衛門の実子で、行方屋に養子に入り6代目を襲名。

 文化14年(1817年)5月28日、小林一茶は桂丸を訪れ、翌29日に桂丸の案内で外川までやってきた。

   九 晴 外川昔此所三千軒アリシ[ト]云 今礎所々有

『七番日記』(文化14年5月)

 明治39年(1906年)8月25日、河東碧梧桐は外川へ行った。

 八月二十六日。曇。

 ゆうべから少し熱発してきょう一日寐て暮した。

 きのう外川へ行った時、五色の短尺を笹につけた七夕竹が処々に立ててあった。きょうは旧七夕の日であろう。

   石を積む風除けに七夕竹見ゆる

   七夕の旅に病むとぞ便りせる


外川漁港から長崎鼻へ。


長崎鼻


   長崎鼻

なでしこの露やどりつく夕べかな

桂丸

一茶は外川から長崎鼻、さらに犬吠埼へ。

   新生町 長崎 石切

『七番日記』(文化14年5月)

石切は犬吠埼のこと。

長崎鼻から犬吠埼へ。

犬吠埼の怒濤


馬糞池脇の岩に若山牧水の歌碑がある。

犬吠埼灯台


平成8年(1996年)、犬吠埼君ケ浜海岸は日本の渚百選に選定された。

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