芭蕉の句碑富 山


早稲の香や分け入る右は有磯海

北陸自動車道に有磯海SAがある。


 富山湾は万葉のころから有磯≠ニ呼ばれ、春には蜃気楼やホタルイカ群遊も望見できるロマンの海でもある。

 その海を一望できる景勝の地、魚津市湯上と滑川市松ヶ窪に建設したサービスエリアを国文学者池田彌三郎先生の勧めもあり、有磯海と命名した。

 昭和59年4月

日本道路公団

那古は、富山県新湊市海岸の歌枕。

   二十一年春正月の二十九日、よめる歌

東風(あゆのかぜ)(いた)く吹くらし奈呉の海人の釣する小舟榜ぎ隠る見ゆ

『万葉集』(巻十七)

元禄2年(1689年)7月14日(陽暦8月28日)、芭蕉は高岡に宿を取った。

 くろべ四十八が瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古と云浦に出。

有磯海SA(上り線)には芭蕉の句碑があった。


早稲の香や分け入る右は有磯海(ありそうみ)

 擔篭(たこ)の藤浪は春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと人に尋れば、是より五里いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑(あま)の苫(とま)ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじといひをどされて、かゞの国に入。 わせの香や分入右は有磯海

北陸自動車道上り線の有磯海SAにも此の句の碑がある。

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