芭蕉の句碑千 葉


月はやし梢は雨を持ちながら

笹屋うどん跡から、さらに行徳街道を歩く。


神明宮

同所一丁目街道の左側にあり。この地の鎮守とす。別当は真言宗にして、自性院と号す。毎歳九月十六日を以つて祭祀の辰とす。その祭る所は伊勢内宮の土砂を遷して内外両皇大神宮を勧請し奉る。相伝ふ、当社昔は川向中洲と云ふ地にありしを、後にこの所へ遷すとなり。又この地を金海の森と号(なづ)く。慶長十九年庚寅、金海法印といへる沙門、この地に一宇の寺院を開創して金剛院と号す。依つて金海の森といふとぞ。(金剛院今は廃せり。)

按ずるに、『葛飾誌』といへる書に、行徳は金剛院の開山某、行徳の聞え高かりし故に、地名とする由記せり。

神明宮の公孫樹(いちょう)


行徳八幡宮

本行徳三丁目道より右側にあり。別当は同所一丁目自性院兼帯す。この地の鎮守にして、毎歳八月十五日祭祀を行ふ。

八幡宮の公孫樹(いちょう)


行徳には神社が多いが、公孫樹の樹も多い。

 公孫樹は火に強いため、火伏せ(火除け)として神社仏閣に植えられたと言われているそうだ。

八幡宮の斜向かいに芭蕉の句碑があった。


月はやし梢は雨を持ちながら

出典は『鹿島紀行』

貞亨4年(1687年)8月15日、鹿島根本寺で詠まれた句。

芭蕉の句碑千 葉〜に戻る