芭蕉の句碑


山路來て何やら床しすみれ草

香取市多田の県道55号佐原山田線沿いに頌徳碑がある。


頌徳碑


声画庵旭斎の業績を顕彰するために寿蔵碑として建てられたものである。

 仙台伊達宗能公の筆で「景福」の篆額があり、旭斎の門人玉井可笑の撰文 高木東皐の書で漢文銘が刻まれている。

頌徳碑の裏に芭蕉の句が刻まれている。

山路來て何やら床しすみれ草

出典は『野ざらし紀行』

 貞享2年(1685年)、京都から大津に至る山路を越えて行く時に詠んだ句とされる。

明治25年(1892年)3月、建立。

記念集『すみれ草』を上梓している。

頌徳碑の裏が旭斎の生家である。

生家の庭の植え込みに芭蕉の句碑があった。


旅人と我名よはれむ初時雨

出典は『笈の小文』

 貞亨4年(1687年)10月25日、芭蕉は亡父三十三回忌の法要に参列するために江戸深川を出発する。10月11日、其角亭で送別句会で詠まれた句。

碑陰に旭斎の句が刻まれている。

ぬるゝ隙出来て老いけり初時雨

明治14年(1881年)、建立。

金刀比羅神社の芭蕉句碑に旭斎の句が刻まれている。

明治30年(1897年)、旭斎は76歳で没。

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