芭蕉の句碑岐 阜


折々に伊吹をみては冬ごもり

大垣市西外側町に八幡神社がある。


八幡神社


祭神は応神天皇。

八幡神社に芭蕉の句碑があった。


折々に伊吹をみては冬ごもり

出典は『後の旅』。「千川亭に遊て」と前書きがある。

『笈日記』『泊船集』には「伊吹をみてや」とある。

千川亭は大垣藩士岡田治右ヱ門邸。宮崎荊口の次男。

 元禄4年(1691年)、芭蕉は京都から江戸に向かう途中で大垣に立ち寄り、大垣藩士岡田治右ヱ門邸に泊まった。

昭和34年(1959年)4月、大垣市文化財協會建立。

山口誓子は、八幡神社を訪れて芭蕉の句碑を見ている。

 大垣の、蛤塚のあるあの水門川は北へ上ると、突きあたって東へ折れているが、突きあたったところに八幡神社がある。鳥居をくぐった左手に細長い句碑が立っている。

   折々に伊吹をみては冬ごもり

 大垣は伊吹颪の寒いところであるから、冬籠をする。芭蕉は冬籠をする千川の家に来て、主人の生活を想って見た。冬籠の家から時々顔を出して雪で真白な伊吹山を見る主人の生活を。

 「伊吹をみては」は、「伊吹をみて」「伊吹をみて」である。伊吹山を見ることの繰り返しである。

 この句碑は新しい。昭和三十四年の建立。それだのに昔めいた書になっている。

 滋賀県の長浜市にも、彦根市の南にも

   をりをりに伊吹を見てや冬籠

の句碑がありと聞く。寒い湖北の、伊吹山の見ゆる地にこの句の碑があってもかまわぬが、私はこの句の作られた地を知り、この句に、伊吹颪を思い、それを避けての冬籠を思うから、大垣にあるべきものと考える。大垣のその句碑はもっと昔に建つべきであった。

 滋賀県側の碑には「伊吹を見てや」となっている。岩波文庫の「芭蕉俳句集」(潁原退蔵校註)にも、「見てや」と「見ては」の二つの形を載せている。

 「伊吹を見てや」を私は、「伊吹を見て」の強調と考える。そして強調に終っていると思う。

 「伊吹を見ては」は「伊吹を見て」の繰り返しであるから、時間が入り込み、生活のつながりが感じられる。


大垣の街から伊吹山が見えるが、写真を撮るのに適当な所がない。

JR東海道本線大垣駅の通路から窓越しに写真を撮ってみた。

伊吹山(標高1,377m)


滋賀県と岐阜県の県境にある。

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