芭蕉の句埼 玉


山さとは万歳をそしうめの花

毛呂山町西戸に国津神神社がある。


国津神神社


国津神神社に芭蕉の句碑があった。


山さとは万歳をそしうめの花

元禄4年(1691年)春、故郷の伊賀で詠まれた句。

『笈日記』(支考編)は岐阜部に収録。

 毛呂山町指定記念物史跡
山本坊の芭蕉の句碑

 山本坊の二十五世、徳栄法印(別号は紫梅)の建立といわれるこの句碑には「山さとは万歳をそしうめの花」と刻まれたいる。江戸前期の有名な俳人松尾芭蕉への追慕の気持ちが強く、徳栄はかつて芭蕉が故郷の伊賀で詠んだこの句を選んで自然石に刻んだものである。この句の意味は、普通ならば正月に訪れる“万歳芸人”が、田舎の山さとには梅の花が咲く春先にならないとやって来ないというような意味であろう。

 徳栄は文化4年(1807年)生まれで、わが郷土の誇る俳人川村碩布の門人でもあり、俳号を曰二(えつじ)といい、多くの句集や短冊に句をのこしている。

 また生来文筆に優れ、神社の幟、筆塚などの銘文にその筆跡をとどめている。さらに武を嗜み、幕末の混乱期には村々に起こった無頼の暴徒の鎮圧にもあたった。明治維新後は神官となり、明治11年(1878年)に70歳で亡くなったという。

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