翁 塚

浄願寺〜「翁塚」〜
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享保3年(1718年)、各務支考は半睡と若推を訪ねて本吉に来遊。 享保12年(1727年)、廬元坊里紅は松任の千代に迎えられ連俳、若推も参加している。 |

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翁塚とは、各地の俳人が俳聖松尾芭蕉追悼のために建てた碑で、当寺境内のものは当町の俳人若推が、藤冢神社下世尊院の山門前に寛保3年(1743年)11月に建立したものである。後、明治維新に際し当寺に移され、現存している。 若推の姓は卯尾、寛延2年8月歿。子孫は明らかではない。初め若水と号したが、後年仏門に入った頃から若推と改めた。句の初めて見えるのは、正徳5年の『此格集』で、寛延元年の『夏の白根』を最後に、30年の俳諧生活中20数巻の俳書に句をならべている。美濃・伊勢・京都など諸国を行脚し、手取川岸に庵百草堂を結んで生涯を送ったといわれている。 松任の俳人加賀の千代に俳意を授けたのも若推である。 |

