芭蕉の句碑
先たのむ椎の木もあり夏木立
八王子市鑓水に永泉寺という寺がある。
高雲山永泉寺
弘治元年(1555年)、開創。
曹洞宗の寺である。
本堂の向かいに芭蕉の句碑があった。
先たのむ椎の木もあり夏木立
出典は『猿蓑』(幻住庵の記)。
元禄3年(1690年)4月6日から7月23日まで芭蕉は国分山の幻住庵に滞在した。47歳の時である。
明治43年(1910年)、建立。大教正三森幹雄書。
同年10月17日、三森幹雄は82歳で没。
芭蕉句碑の右に松原菴一知の句碑があった。
興と興尽したうへや花と月
松原菴一知は本名城定右衛門。
明治29年(1896年)、松原菴六世を襲名。
明治30年(1897年)3月17日、立机披露を前に急逝。
芭蕉句碑の左に蚯菴可屋の句碑もあった。
志ばらくは夢のかりきのはれ衣
蚯菴可屋は八王子市寺町の長心寺住職で、三世寛譽泰道大和尚・俗名滝見泰道。
芭蕉の句碑に戻る