義経伝説の地


〜弓流しの跡〜

 射落畠から総門跡に戻り、「むれ源平石あかりロード」を行くと、弓流しの跡があった。

弓流しの跡


 源平合戦の際、義経は勝に乗じて海中に打ち入って戦ううち、脇下にはさめていた弓を海中に落として、平家方の越中次郎兵衛盛嗣に熊手をかけられ危うく海中に落ちかかりましたが、義経は太刀で熊手をあしらい左手のムチで弓をかき寄せ引きあげたというところです。

 平家方に拾われて、「源氏の大将ともあろう者がこんな弱い弓を使っているのか」ともの笑いになるのをおそれたものだといわれております。

高松市教育委員会

昭和38年(1963年)、水原秋桜子は射落畠を訪れている。

   晩稲田のほとりに、義経弓流しのあとあり

空稻架(からはざ)に判官殿の弓も掛けよ

『晩華』

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