竹久夢二ゆかりの地

「宵待草」の歌碑

| まてど暮らせど |
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| 来ぬひとを |
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| 宵待草の |
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| やるせなさ |
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| こよひは |
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| 月も出ぬ |
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| さうな |
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| 夢 |
| 郷土岡山邑久郡に生れた竹久夢二 |
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| 画家であり詩人であった夢二 |
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| その絵は線で描いた詩であった |
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| かつては天下の子女を夢の国に誘い |
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| 牧歌的で人々の郷愁をさそった |
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| 歌麿よ北斉よ広重よ |
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| それに続く夢二であった |
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| 五十年に亘る人生の旅それは絵の |
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| 道詩の道であった |
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| 岡山に帰り旭川の河原に咲いた |
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| 宵待草に思いをよせてこの詩を |
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| よんだ |
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| 定めなき鳥やなくらむ故郷に鳥 |
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| はないているが夢二はもういない |
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| しかしその絵は詩は今もなお生きている |
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夢二を愛する岡山の方々により昭和41年(1966年)、この地に「宵待草」の歌碑が建立されました。 この歌碑に寄せ詩人有本芳水は、夢二と岡山への熱い思いから「宵待草」はこの旭川の畦で詠まれたと記されております。 現在では、夢二研究の第一人者長田幹雄氏の調査研究により、明治43年(1910年)千葉県海鹿島を訪れた夢二の夏の思い出から生まれた詩であることが、定説となっております。 夢二生誕120年を機に、後日譚として海鹿島説を披露いたします。 2004年9月16日
夢二郷土美術館 |
