西郷隆盛ゆかりの地

西郷南洲翁宅地跡碑

| 西郷隆盛が上之園町に移ってきたのは安政2年(1855年)29歳頃です。その前々年に祖父、父、母を相次いで失い、下鍛冶町の屋敷を売り借金の返済にあてたといわれています。この屋敷では、弟の吉次郎と従道の結婚式が行われ、妹が嫁ぎ、西郷自身も慶応元年(1865年)イト夫人と結ばれる。ここに居住していた時期は、西郷の人生も波乱万丈の時代でありました。藩主島津斉彬に才能を認められ、薩摩から日本へと活躍の舞台は広がったものの、その斉彬公が急死。近衛家から保護を依頼されていた僧月照をかくまうことが出来なくなり、共に入水自殺を図り遠島流刑を経験します。その後大久保利通らの助力によって志士として復活した西郷は、抜群の働きで明治維新の英雄と呼ばれるまでになりました。維新後は、参議、陸軍大将として新しい時代の基礎づくりに大きな役割を果たしました。宅地跡の碑は、昭和9年(1934年)旧上之園町50番地に建てられましたが、太平洋戦争中に失われたため復元したものです。 |
