石川啄木ゆかりの地

小樽公園
小樽市花園5丁目に小樽公園がある。
小樽公園に石川啄木の歌碑があった。

こころよく
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我にはたらく仕事あれ
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それを仕遂げて
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死なむと思ふ
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『一握の砂』収録の歌である。
明治40年9月末、小樽日報創業に招かれ詩人石川啄木は来樽した。在社3ケ月志望の記者生活を快よく働いて独特の健筆を握った。其頃を追想した「かなしきは小樽の町よ歌ふことなき人人の声の荒さよ」は今も市民に愛誦されて居る。翌年1月漂遊を續け釧路新聞に轉じたが、4月素志を遂げ上京し困窮の生活を闘ひながら不朽の彼の文學を築き上げた。明治45年4月13日、薄倖不遇の生涯を終ったのは28歳である。
彼が愛し懐しんだ小樽の市民は、この永遠に若い詩人を讃頌して記念の歌碑を建立した。
昭和26年10月
小樽啄木歌碑建設期成會
藤が咲いていた。

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