2024年〜秋 田〜

秋田市文化創造〜東海林太郎先生作曲碑と銅像〜




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胸もさけよと 声かきり われは歌はん 高らかに うたふ事こそ わかつとめ わかのそみなり わが命 |
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東海林太郎は明治31年(1898年)12月11日秋田市千秋矢留町(旧台所町)に生まれた。秋田中学(旧制)から早稲田大学に進み、卒業後満鉄に入社した。しかし音楽への情熱を捨てきれず、昭和8年時事新報社主催全国音楽コンクールで見事入賞、その後流行歌の世界に転じ「河原月夜」でデビュー。 翌9年名調子「名月赤城山」「国境の町」の大ヒットによりまたたく間に全国に名を広めた。終生おごらず怠らず独特の直立不動の姿勢と東海林節をもって名声を博し、日本の歌謡界に偉大な一時期を画した。 昭和47年(1972年)10月4日、73歳没。
東海林太郎顕彰会 |

