2022年東 京

ザ・キャピトルホテル東急〜山王神社〜
indexにもどる

清水谷公園から赤坂見附へ。

晩食前散歩。赤阪見附を過ぎし時、一群の鴻雁高く鳴きつれて薄暮の空を過ぐ。近年雁聲を聞くこと罕なれば、路頭に杖を停めて其影を見送ること暫くなり。

『斷腸亭日乘』(大正11年12月20日)

「ザ・キャピトルホテル東急」(HP)へ。

 明治17年(1884年)6月17日、三野村利助・奥八郎兵衛等は「星岡茶寮」を開寮。

 大正14年(1925年)3月20日、中村竹四郎が社長、北大路魯山人が顧問となり、美食倶楽部の会員制料亭となる。

この店の主人はもと麹町山王社内に在りし酒樓星岡茶寮を營みし者なりとか聞けり。震災後舊の如く營業すれど主人は別人なりと云ふ。

『斷腸亭日乘』(大正14年12月31日)

 昭和11年(1936年)、中村は魯山人を解雇。

 昭和20年(1945年)、空襲によって焼失。

戦後の混乱から茶寮は転々とした後、東急グループの五島慶太の所有地となる。

 昭和38年(1963年)6月20日、名門料亭「星岡茶寮」の跡地に「東京ヒルトンホテル」が誕生。



 昭和59年(1984年)元旦、「キャピトル東急ホテル」にテイクオーバー(引き継ぎ)。

 平成22年(2010年)秋、「ザ・キャピトルホテル東急」としてオープン。

エントランス


勅使河原蒼風「いわと」

勅使河原蒼風は、いけばな草月流創始者。

知らなかった。

エントランス・ロビー

雛人形


暦の上では春である。

草月流いけばな


雛人形


廊 下


部屋から国会議事堂が見える。


「キャピトル」は、議事堂のことだそうだ。

まだ刻限も早いので、山王神社へ。


人が多いのは、意外だった。

宝物殿に太田道灌の像


プルデンシャルタワーが見える。


ホテルニュージャパンの跡地である。

平成14年(2002年)11月28日、竣工。

2022年東 京〜に戻る