東京メトロ日比谷線三ノ輪駅から国際通りを行くと、鷲神社前に鷲神社(HP)がある。 |
年毎に昔の面影を失いつつある町のたたずまいを見聞きするにつけ、その当時の事どもを偲び後世に伝えんと此に明治文壇の閨秀作家樋口一葉の「たけくらべ」の一節、又書簡文を刻して残す。「たけくらべ」は一葉が竜泉寺町に住みし明治26年(1893年)7月より明治27年の4月まで10ヵ月間の見聞きした事を書きしものである。文中の鷲神社酉の市の描写は、市の様子を卓越した文章にて記している。また、樋口一葉玉梓(たまづさ)乃碑は、師半井桃水に宛てた未発表の書簡文である。 「塵中につ記」に一葉は明治27年3月26日に桃水を訪ねたと記されているが、この書簡はその直后のものであろう。君はいたく青みやせてゐし面かけは何方にか残るへき≠ニにつ記にも記してあり、書簡の行間にも一葉の心が滲みでているやに推われる。 此に樋口一葉歿後百年を前にし、更に平成癸酉五年の酉年を記念し、若くして逝った一葉の文才を称え、その事跡を永く伝えんと神社ゆかりの文学碑、玉梓乃碑を建立する。 |
『たけくらべ』(14) |
一の酉なれど雨のためか市立つあたりの町々車留とはならず、大音寺前の大通も暗くして人出少し。仲の町の籬には菊の花さかりなり。茶屋浪花屋に立寄り房いろ小槌の三妓を招ぐ。大引頃芝口茶漬飯屋金兵衞のおかみ板前の男をつれ熊手買ひに來る。雨は歇まざれど糠の如くこまかなれば一同茶屋を去り鷲神社に賽す。鳥居の前にて圓タクに乘れば東の空ほのかに白みかゝりぬ。 |