種田山頭火の句碑
行き暮れてなんとここらの水のうまさは
北杜市高根町の風の丘公園に種田山頭火の句碑があるというが、風の丘公園がどこにあるか分からない。 |
国道141号(清里ライン)を上り、大門ダムを過ぎて急に視界が開けた所の右手に風の丘公園がある。 |
昭和11年(1936年)5月9日、山頭火は清里から甲信国境を越え、小海駅から汽車で岩村田へ。 |
落葉松、筒鳥、清流、あゝその水のうまさ。 石ころ道をだいぶ歩いて清里駅、こゝらの駅は日本で最高地に在る停車場、熊が汽車見物に出て来たといふ話。 やがて信濃路に入る、野辺山風景は気に入つた、第二の軽井沢になるといはれている、いちめんの落葉松林だ。 |
明治15年12月3日、山口県佐波郡西佐波令村に生まれる。早稲田大学に学ぶが中退、帰郷して酒造業を営む。大正2年荻原井泉水に師事し「層雲」に出句する。5年種田家破産。 14年出家得度して耕畝と改名、味取観音の堂守となるが、山林独住に耐えかねて行乞流転、のち其中庵、風来居、一草庵に転々住する。 その間全国を一鉢一笠の行脚をする。昭和11年5月山梨から信州佐久方面へと向かう折々当地辺にて句作する。句は自己の心奥の倦怠・嘆き・悟りの揺れが表白されている。 |