あさ明けて船より鳴れる太笛の |
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こだまは長し並みよろふ山 |
近代短歌を代表する歌人、斎藤茂吉(明治15年〜昭和28年)は、旧長崎医学専門学校(現長崎大学医学部)教授となり、大正6年12月長崎に着任します。その翌朝、目覚めたときの印象が歌碑の一首です。 朝が明け、大小の船が出入りする長崎の港。その船の鳴らす太々とした汽笛の音が、港を囲む山々に長くこだましている様子が歌われています。 斎藤茂吉は長崎に在任中、多くの長崎の歌人とも交流を持ち、大正10年3月に長崎を離れるまでの間、地元の歌壇に大きな影響を与えました。 この一首は斎藤茂吉の第2歌集『あらたま』の巻末に置かれています。また、歌碑の文字は斎藤茂吉の自筆を写したものです。 |
大正6年(1917年)12月17日午前8時5分、斎藤茂吉は東京を出て、18日午後5時5分長崎に到着。 |
あはれあはれここは肥前の長崎か唐寺の甍に降る寒き雨 しらぬひ筑紫の國にしはぶきつつ一夜ねにけり しづかなる港のいろや朝飯(あさいひ)のしろく息たつを食ひつつおもふ 朝あけて船より鳴れる太笛のこだまはながし竝みよろふ山 |