神亀5年(728年)頃、大宰帥として妻・大伴郎女を伴い大宰府に赴任する。
天平2年(730年)正月13日、大宰帥旅人邸において官人・文人が集って梅の花の宴が催された。
天平2年(730年)11月1日、大納言。
天平3年(731年)7月25日、薨去。享年67。 |

沫雪のほどろほどろに降りしけば平城(なら)の京師(みやこ)し思ほゆるかも
秋篠川沿い(奈良県奈良市)

雪の色を奪ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも
冬の歳時記園(兵庫県明石市)

草香江の入江にあさるあしたづのあなたづたづし友なしにして
草香江公民館(福岡県福岡市)

やすみしし我が大君の食(を)す国は大和もここも同じとぞ思ふ

世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
大宰府跡(福岡県太宰府市)

湯の原に鳴く芦田鶴はわがごとく妹に戀ふれや時わかず鳴く
パープルホテル二日市(福岡県筑紫野市)

遠つ人松浦佐用姫徒ま恋に領巾振里しより負へる山乃名
鏡 山(佐賀県唐津市)
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