明治10年2月(西南の役)薩軍が立上って熊本に向かうと、九州各地の士族達も薩軍と提携して政府を倒そうと一斉に立上った。中でも熊本では、学校党に属する1400名が、22日早朝、健軍神社に集合して会議を開き、薩軍の熊本城総攻撃の砲声殷々と響く中で挙兵と決した。同日夕刻、神前に神楽を奏して結成式を行い、池辺吉十郎を隊長に仰ぎ熊本隊と号した。ここは同隊が出陣之第一歩を踏み出した所である。
熊本市 |
早春の 雲は流るゝ 形せり |
ゆう二、本名岩下雄二、明治44年生。熊本市の産。濟々黌東洋語專等の教職を経て戦後熊本日日新聞論説委員となり累進して同社の會長となる。日本記者クラブ賞を受く。俳句は中村汀女に師事。俳誌風花同人會長たり
荒木積之 |