風も吹くなり |
|
雲も光るなり |
|
生きてゐる幸福(しあわせ)は |
|
波間の鴎のごとく |
|
漂渺とたゞよひ |
|
生きてゐる幸福(こうふく)は |
|
あなたも知つてゐる |
|
私もよく知つてゐる |
|
花のいのちはみじかくて |
|
苦しきことのみ多かれど |
|
風も吹くなり |
|
雲も光るなり |
ここに刻まれた碑文は、林芙美子が『赤毛のアン』の翻訳者村岡花子に贈った詩稿です。平成21年に、赤毛のアン記念館村岡花子によって公開されました。 林芙美子は、幼少期を母親や養父とともに行商によって生活するなど、逆境の中で育ちました。1人で東京に出てからも、いろいろの職業を転々としながら生活を支えました。 そのような苦境のなかでも文学への志は捨てませんでした。その生活ぶりを素材とした『放浪記』で、昭和5年に一躍ベストセラー作家として文壇に登場します。 この詩は、私たちの人生には多くの困難があっても、その先に希望が輝いていることを詠っています。それを読む私たちを勇気づけてくれます。 林芙美子は、大正3年頃2年足らずですが、鹿児島市の山下尋常小学校に通っていました。その頃のことを素材にして、城山に登って火を吐く桜島を見るのが好きだったと回想する小説の一節も残しています。 そのような林芙美子の思い出を記念して、この文学碑は林芙美子の甥にあたる太陽運輸倉庫株式会社会長重久紘三氏によってこの地に建立されました。
文学博士 石田忠彦 記
|