遠つあふみ入江の月のおもかけも |
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思ひそ出る昆陽の大池 |
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『七月の記』より |
文政4年(1821年)、歌日記『七月の記』。 文政5年(1822年)5月5日、昆陽池にて水死。 |
冴る夜はよそのそらにぞ鴛鴦も鳴く |
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凍りにけりな昆陽の池水 |
かいつぶり |
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さびしく |
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なれば |
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くぐりけり |
ありま山ゐなの |
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さゝ原風ふけは |
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いてそよひとを |
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わすれやはする |
大弐三位は紫式部の娘、藤原賢子(かたこ)のこと。紫式部同様、一条天皇の中宮彰子に仕え、越後弁と呼ばれていた。太宰大弐正三位高階成章(しげあきら)と結婚したので、大弐三位と呼ばれた。 |