荒村寺はJR伊丹駅の南、伊丹台地の崖線上に建っている。この付近は以前は伊丹字古城とよばれ、有岡城跡(伊丹城跡)の一部にあたる。天正7年(1579年)織田信長に攻め落とされ、城跡だけになっていた。 荒村寺の由来記によれば、この寺に伊丹郷町の木綿屋徳三郎が禅宗に深く帰依し、郷町の堺町にあった閑室に嘯山虎渓和尚を招いて参禅したのがはじまりで、ついで法国尼僧らがこの庵室をまもった。寛政12年(1800年)堺町の都塵をさけて現在の城跡に移された。人々はこの庵室を城山庵とよびならわしていたが、荒木村重の古城の由緒をもって、荒村庵と改名され、現在の寺号のもととなった。 寺内には、江戸時代の伊丹の俳人上島鬼貫が、有岡城跡を訪ねたとき、いばらの茂みに隠れて鳴くきりぎりすの侘しい光景に心うたれて詠んだといわれる句碑がある。 |
伊丹市教育委員会 |