『奥の細道』
〜養源院跡〜
寛永3年(1626年)、水戸頼房の養母英勝院が妹の於六(おりく)の方の菩提を弔うために建てた寺である。家康の側室であった於六の方の院号が養源院であったことからそのまま寺号とした。水戸家が代々の大檀家で、元禄2年(1689年)には、松尾芭蕉が奥の細道行脚の途中、この寺を訪れてから東照宮に参詣した。 明治以降廃寺となった。 |
東照宮参詣に先立って、浅草清水寺の住職の紹介状を持って養源院を訪ねた。使僧の案内で日光東照宮大楽院へ赴く。大楽院は日光東照宮の社務所らしい。 |
一 四月朔日 前夜ヨリ小雨降。辰上尅、宿ヲ出。止テハ折々小雨ス。終日雲、午ノ尅、日光ヘ着。雨止。清水寺の書、養源院ヘ届。大楽院ヘ使僧ヲ被添、折節大楽院客有之。未ノ下尅迄待テ御宮拝見。終テ其夜日光上鉢石町五左衛門ト云者ノ方ニ宿。
『曽良随行日記』 |