『奥の細道』
〜雲厳寺〜
雲厳寺 四句 |
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牡丹を見る此の寺のにじの橋を渡り |
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巌を開いて咲く大き牡丹の白きなり |
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板(はん)の音、牡丹衆僧趺坐につく |
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牡丹この朝老師止観の目を開く |
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当国雲岸寺のおくに仏頂和尚山居跡あり。 |
竪横の五尺にたらぬ草の庵 |
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むすぶもくやし雨なかりせば |
と松の炭して岩に書付侍りと、いつぞや聞え給ふ。其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、人々すゝんで共にいざなひ、若き人おほく道のほど打さはぎて、おぼえず彼麓に到る。山はおくあるけしきにて谷道遥に、松杉黒く苔したゝりて、卯月の天今猶寒し。十景尽る所、橋をわたつて山門に入。 さてかの跡はいづくのほどにやと後の山によぢのぼれば、石上の小庵岩窟にむすびかけたり。妙禅師の死関、法雲法師の石室をみるがごとし。 |
と、とりあへぬ一句を柱に残侍し。 |
元禄2年(1689年)4月5日(陽暦5月23日)、芭蕉は雲厳寺にある仏頂和尚の山居の跡をみようと山門をくぐった。 |
那須の雲岸寺、佛頂禅師の小庵を尋て 留守に來て棚さがしする藤の花 |
佛頂和尚 |
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たて横の五尺にたらぬ |
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草の庵むすぶもくやし |
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あめなかりせば |
芭蕉翁 |
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木つゝきも |
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いほはやふらす |
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夏こたち |
黒羽より東南また三里この雲巌寺(巌の寺相違す)に尋ね入った。山は奥あるけしきにて松杉黒くという様、一字一画を曲げ難い。十景または五景の中には白糸の滝もほそほそと縷(いとすじ)の如く落ちておる。橋は擬宝珠のついた太鼓橋めいておるのは後人の案か。山門を甘露門という。仏頂禅師の跡は、小庵も岩窟もない。 |
雲巌寺 冷やかに十境三井の名所かな |
雲巌寺は山に倚り渓に臨み、今もよしありげな大寺、黒羽より近き處にある、 |
錦秋となる雲巖寺履を入れず
『あなたこなた』 |