浄法寺何がしは、那須の郡黒羽のみたちをものし預り侍りて、其私の住ける方もつきづきしういやしからず。
地は山の頂にささへて、亭は東南のむかひて立り。奇峰乱山かたちをあらそひ、一髪寸碧絵にかきたるようになん。水の音・鳥の声、松杉のみどりもこまやかに、美景たくみを尽す。造化の功のおほひなる事、またたのしからずや。
|
しら河の関やいづことおもふにも、先、秋風の心にうごきて、苗みどりにむぎあからみて、粒々にからきめをする賤がしわざもめにちかく、すべて春秋のあはれ・月雪のながめより、この時はやゝ卯月のはじめになん侍れば、百景一ツをだに見ことあたはず。たゞ声をのみて、黙して筆を捨るのみなりけらし。
|
田や麦や中にも夏(の)時鳥
|
黒羽光明寺行者堂
|
|
夏山や首途を拝む高あしだ
| 翁
|
|
同
|
|
汗の香に衣ふるはん行者堂
|
ばせをに鶴絵がけるに
|
|
鶴鳴や其声に芭蕉やれぬべし
| 翁
|
|
鮎の子の何を行衛にのぼり船
|
|
みちのく一見の桑門、同行二人、なすの篠原を尋て、猶、殺生石みんと急侍るほどに、あめ降り出ければ、先、此処にとゞまり候
|
奥州岩瀬郡之内須か川
|
|
相楽伊左衛門にて
|
|
風流の初やおくの田植歌
| 翁
|
|
覆盆子を折て我まうけ草
| 等躬
|
|
水せきて昼寝の石やなをすらん
| 曾良
|
みちのくの名所名所、こゝろにおもひこめて、先、せき屋の跡なつかしきまゝに、ふる道かゝり、いまの白河もこえぬ
|
早苗にも我色黒き日数哉
| 翁
|
桑門可伸のぬしは栗の木の下に庵をむすべり、伝聞、行基菩薩の古、西に縁ある木成と、杖にも柱にも用させ給ふとかや。隠栖も心有さまに覚て、弥陀の誓もいとたのもし
|
隠家やめにたゝぬ花を軒の栗
| 翁
|
|
稀に蛍のとまる露草
| 栗斎
|
|
切くづす山の井の井は有ふれて
| 等躬
|
|
畔づたひする石の棚はし
| 曾良
|
歌仙終略ス
連衆 等雲・深竿・素蘭以上七人
|
須か川の駅より東二里ばかりに、石河の滝といふあるよし。行て見ん事をおもひ催し侍れば、此比の雨にみかさ増りて、川を越す事かなはずといゝて止ければ
|
芭蕉翁、みちのくに下らんとして、我蓬戸を音信て、猶白河のあなた、すか川といふ所にとゞまり侍ると聞て申つかはしける
|
雨晴て栗の花咲跡見哉
| 桃雪
|
|
いづれの草に啼おつる
| 等躬
|
|
夕食喰賤が外面に月出て
| 翁
|
|
秋来にけりと布たぐる也
| ソラ
|
我色黒きと句をかく被レ直候。 |
泉や甚兵へに遣すの発句・前書。
冊(短)尺一枚、前の句。
中将実方の塚の薄も、道より一里ばかり左りの方にといへど、雨ふり、日も暮に及侍れば、わりなく見過しけるに、笠島といふ所にといづるも、五月雨の折にふれければ、
|
冊(短)尺二枚、前の句。
しのぶの郡、しのぶ摺の石は、茅の下に埋れ果て、いまは其わざもなかりければ、風流のむかしにおとろふる事ほいなくて
|
加衛門加之ニ遣ス |
大石田、高野平右衛門亭にて
|
|
五月雨を集て涼し最上川
| 翁
|
|
岸にほたる(を)つなぐ舟杭
| 一栄
|
|
爪畑いざよふ空に影待て
| ソラ
|
|
里をむかひに桑の細道
| 川水
|
|
うしの子に心慰む夕間暮
| 一栄
|
|
水雲重しふところの吟
| 翁
|
|
立石の道にて
|
|
まゆはきを俤にして紅ノ花
| 翁
|
|
立石寺
|
|
山寺や石にしみつく蝉の声
| 翁
|
|
新 庄
|
|
御尋に我宿せばし破れ蚊や
| 風流
|
|
はじめてかほる風の桾ィ
| 芭蕉
|
|
菊作り鍬に薄を折添て
| 孤松
|
|
霧立かくす虹のもとすゑ
| ソラ
|
|
そゞろ成月に二里隔けり
| 柳風
|
|
馬市くれて駒むかへせん
| 筆
|
|
風流亭
|
|
水の奥氷室尋る柳哉
| 翁
|
|
ひるがほかゝる橋のふせ芝
| 風流
|
|
風渡る的の変矢に鳩鳴て
| ソラ
|
|
盛信亭
|
|
風の香も南に近し最上川
| 翁
|
| 息
|
小家の軒を洗ふ夕立
| 柳風
|
|
物もなく麓は霧に埋て
| 木端
|
翁
雲の峰幾つ崩レて月の山
涼風やほの三ケ月の羽黒山
語れぬ湯殿にぬらす袂哉
|
羽黒山本坊におゐて興行
|
|
元禄二、六月四日
|
|
有難や雪をかほらす風の音
| 翁
|
|
住程人のむすぶ夏草
| 露丸
|
|
川船のつなに螢を引立て
| 曾良
|
|
鵜の飛跡に見ゆる三ヶ月
| 釣雪
|
|
元禄二年六月十日
|
|
七日羽黒に参籠して
|
|
めづらしや山をいで羽の初茄子
| 翁
|
|
蝉に車の音添る井戸
| 重行
|
|
絹機の暮閙しう梭打て
| 曾良
|
|
閏弥生もすゑの三ケ月
| 露丸
|
|
六月十五日、寺島彦助亭にて
|
|
涼しさや海に入たる最上川
| 翁
|
| 寺島
|
月をゆりなす浪のうき見る
| 詮道
|
|
黒がもの飛行庵の窓明て
| 不玉
|
| 長崎一左衞門
|
麓は雨にならん雲きれ
| 定連
|
|
かばとぢの折敷作りて市を待
| ソラ
|
| かゞや藤衞門
|
影に任する霄の油火
| 任暁
|
| 八幡源衞門
|
不機嫌の心に重き恋衣
| 扇風
|
|
末略ス
|
|
出羽酒田伊東玄順亭にて
|
|
温海山や吹浦かけて夕涼
| 翁
|
|
みるかる磯にたゝむ帆莚
| 不玉
|
|
月出ば関やをからん酒持て
| 曾良
|
|
土もの竈の煙る秋風
| 翁
|
|
|
|
夕に雨止て、船にて潟を廻ル
|
|
夕晴や桜に涼む浪の花
| 翁
|
|
|
|
直江津にて
|
|
文月や六日も常の夜には似ず
| ばせを
|
| 石塚喜衛門
|
露をのせたる桐の一葉
| 左栗
|
|
朝霧に食(めし)焼(たく)烟立分て
| 曾良
|
| 聴信寺
|
蜑の小舟をはせ上る磯
| 眠鴎
|
| 石塚善四良
|
烏啼むかふに山を見ざりけり
| 此竹
|
| 同源助
|
松の木間より続く供やり
| 布嚢
|