昭和32年(1957年)、松竹映画「喜びも悲しみも幾年月」の撮影の舞台となった。 |
昭和38年(1963)7月6日、水原秋桜子は石狩川河口へ。 |
札幌着、石狩川河口の砂丘にて 浜菅や夕河波に風つのり 浜菅や燈台濡らす沖の雨 河波の海より荒し夏千鳥 浜昼顔大河の波にうちふるふ 青蘆の渡頭家なく人を見ず
『晩華』 |
昭和41年(1966年)6月17日、高浜年尾は石狩河口へ。 |
六月十七日 羽田十時半発千歳へ 有志と石狩河口へ 胸に挿す鈴蘭の香に旅つゞ 札幌の夜の楽しさの生ビール
『句日記』(第三巻) |
昭和45年(1970年)6月22日、高浜年尾は石狩河口に遊ぶ。 |
六月二十二日 石狩河口に遊び、午後帰京 目まとひに立つて居られず歩くのみ はまなすを庭木としたり浜館
『句日記』(第三巻) |
作詞・作曲 木下 忠司 |
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俺ら岬の 灯台守は |
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妻と二人で 沖行く船の |
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無事を祈って 灯をかざす 灯をかざす |
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冬が来たぞと 海鳥なけば |
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北は雪国 吹雪の夜の |
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沖に霧笛が 呼びかける 呼びかける |
かつて白と黒の縞模様だったが、映画の色彩効果を出すために赤白模様に塗り替えられたそうだ。 |