俳 書

『芭蕉翁發句集』  ・ 

(蝶夢編・安永3年刊)


蝶夢編。安永3年(1774年)7月、刊。

土芳の『蕉翁句集』をもとにして芭蕉の句を年代順に編集。

芭蕉翁發句集 下

 元禄二巳歳

元日に田ことの日こそ戀しけれ

   塔山旅宿にて

陽炎の我肩にたつ帋子かな

   草菴に桃櫻あり門人に其角嵐雪あり

兩の手に桃と櫻や草の餅

   留 別

鮎の子の白魚送る別かな

住る方は人に譲り杉風が別墅にうつる

草の戸も住かゆる代そ雛の家

千寿といふ所にて船を上れは前途三千里の思ひ胸にふさかりて

行春や鳥啼き魚の目はなみた

   室八嶋

糸遊にむすひつきたるけむりかな

   日光にて

あらたうと青葉わか葉の日の光

郭公うらみの滝のうらおもて

暫時は瀧にこもるや夏のはしめ

雨降りけれはこの高角といふにやとりて

落来るやたかくの宿の子規

馬草負ふ人を枝折の夏野かな

   修験光明寺にて行者堂を拜む

夏山に足駄を拜む首途かな

雲岸寺の奥に佛頂和尚の山居の跡あり石上の小庵岩窟にむすひかけたり

木啄も菴はやふらす夏木立

那須の温泉大明神の相殿に八幡宮を移し奉りて兩神一方に拜れ給ふ

湯を結ふちかひもおなし石清水

殺生石はその石の毒気いまたほろひす蜂蝶のたくひ真砂の色の見えぬ程かさなり死す

石の香や夏草赤く露暑し

   秋鴉主人の佳景に對す

山も庭にうこき入るゝや夏坐敷

館代より馬にて送らる此口付の男短冊得させよとこふやさしき事を望侍るものかなと

野を横に馬ひきむけよ郭公

清水流るゝ柳は蘆野の里にありて田の畔に殘る此所の郡守戸部某のこの柳みせはやなと折々にの給ひ聞え給ふをいつくの程にやと思ひしをけふこの柳の陰にこそ立より侍つれ

田一枚植て立去る柳かな

   奥州今の白河に至る

早苗にも我色黒き日数かな

西か東かまつ早苗にも風の音

関守の宿を水鷄に問ふものを

須賀川の驛に等窮といふものを尋ぬまつ白川の關いかにこえつるやと問ふに

風流のはしめやおくの田植うた

此宿の傍に大きなる栗の木陰をたのみて世をいとふ僧あり可伸といふ

世の人の見付ぬ花や軒の栗

初真桑四つにやわらん輪にやせん

しのふの里もちすりの石を尋て

早苗とる手もとやむかししのふ摺

佐藤庄司が旧跡の寺に義経の太刀弁慶が笈をとゝめて什物とす

笈も太刀も五月にかされ帋幟

みのは笠嶋の道祖神も此ころの五月雨に道いとあしく身つかれぬれはよ所ながら眺やりて

笠嶋はいつこ五月のぬかり道

武隈の松の根は土際より二木にわかれて昔の姿うしなはすとしらる挙白といふものの武隈の松見せ申せ遅さくらと餞別したりけれは

櫻より松は二木を三月こし

仙臺に入るあやめふく日なり畫工嘉右衛門と云もの有紺の染緒付たる草鞋を餞す

あやめ草足にむすはん草鞋の緒

   松島

嶋々や千々にくだきて夏の海

   高 館

夏草や兵ともか夢のあと

光堂は七寳散うせて珠の扉風にやふれ金の柱霜雪に朽たり

五月雨の降のこしてや光堂

三日風雨あれてよしなき山中に逗留す

蚤虱馬の尿する枕もと

   尾花澤清風亭

涼しさをわか宿にして寝まるなり

這出よかひやか下のひきの聲

まゆはきを俤にして紅粉の花

   立石寺

閑さや岩にしみ入蝉の聲

五月雨をあつめて早し最上川

風の香も南に近しもかみ河

   新荘風流亭興行

水の奥氷室尋る柳かな

羽黒山に登る會覺阿闍梨の憐愍の情こまやかにして南谷の別院に舎して

有難や雪をかおらす南谷

すゝしさやほの三日月の羽黒山

語られぬ湯殿にぬらす袂かな

雲のみねいくつ崩れて月の山

羽黒山に籠りて後鶴か岡にいたり重行亭にて

めつらしや山を出羽の初なすひ

   酒田の湊渕庵不玉の許にて

あつみ山や吹浦かけて夕すゝみ

暑き日を海に入れたり最上川

   不卜一周忌琴風観進

郭公啼音やふるき硯箱

象潟や雨に西施かねふの花

汐越や鶴はきぬれて海すゝし

小鯛さす柳すゝしや海士か軒

花の上漕とよまれし桜の老木西行法師の記念をのこす

夕はれや桜にすゝむ浪の花

越後の国出雲崎といふ所より佐渡か嶋へは海上十八里となり初秋のうす霧立もあへす流石に波も高からされはたゝ手の上の如に見わたさるゝ

荒海や佐渡によこたふ天の河

文月や六日も常の夜には似す

   高田醫師細川春庵にて

薬欄にいつれの花を草枕

枕引よせて寐たるに一間隔て若き女の聲二人斗ときこゆ年老たる男の聲も交て物語するを聞ハ越後の国新潟といふ所の遊女成し伊勢参宮するとて此関まておのこの送りて翌は古里にかへす文したゝめてはかなき言伝なとしやるなり

一家に遊女も寐たり萩と月

   加賀の國に入

早稲の香や分入右は有礒海

一笑といふものは此道にすける名のほのほの聞へしに去年の冬早世したりとて其兄追善を催すに

墳も動け我泣聲は秋の風

   少幻菴にいさなはれて

秋すゝし手毎にむけやふり茄子

旅愁なくさめかねてものうき秋もやゝいたりぬれは流石に目に見えぬ風の音つれもいとゝしくなるに残暑猶やまさりけれは

あかあかと日は難面も秋の風

   小松といふ所にて

しほらしき名や小松ふく萩すゝき

   観水亭雨中の會

ぬれて行人もおかしや雨の萩

太田の神社にて実盛か甲錦の切を見て

むさんやな甲の下のきりきりす

那谷寺とは那智谷汲の二字をわかち侍しとそ奇石さまざまに古松植ならへて殊勝の土地なり

石山の石より白しあきの風

   山中の温泉

山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ

   桃妖の名をつけて

桃の木のその葉ちらすな秋の風

   悼遠流天看(ママ)法師

その魂を羽黒にかへせ法の月

   曾良に別るゝとて

今日よりや書付消ん笠の露

全昌寺にとまる曙の空ちかく堂下に下るを僧とも紙硯をかゝへて追来る折ふし庭の柳ちりけれは

庭掃て出はや寺に散やなき

淺水の橋をわたる俗にあさうつといふ清少納言の橋はとありて一条あさむつのと書る所とそ

あさむつや月見の旅の明はなれ

月のミか雨に相撲もなかりけり

月見せよ玉江の芦をからぬ先

   燧か山

義仲の寝覚の山か月悲し

金澤の北枝といふもの見送りて此所まてしたひ来る今既に別に望て

物書て扇引さく余波かな

   湯尾峠

月に名を包みかねてやいもの神

   守榮院にて

門に入は蘇鉄に蘭のにほひ哉

あの雲は稲つまを待たよりかな

氣比の明神に夜參す往昔遊行二世の上人みつから土石を荷ひ泥渟をかはかせて參詣往来の煩ひなし古例今にたへす神前に真砂を荷ひ給ふ是を遊行の砂持と申侍る

月清し遊行のもてる砂の上

名月や北国日和さためなき

   鐘か崎にて

月いつこ鐘はしつめる海の底

   種の濱にて

寂しさや須广にかちたる濱の秋

浪の間や小貝にましる荻の塵

   恕水別墅

籠居て木の実草の実拾はや

   木因亭

かくれ家や月と菊とに田三反

斜嶺亭戸をひらけは西に山あり伊吹といふ花にもよらす雪にもよらすたゝこれ孤山の徳あり

そのまゝに月もたのまし伊吹山

旅の物うさもいまたやまさるに長月六日になれハ伊勢の遷宮拜むと

蛤のふたみにわかれ行秋そ

内宮はことおさまりて外宮の遷宮拜ミ侍りて

たうとさにミな押合ぬ御遷宮

   宇治の中村といふ所にて

秋風や伊勢の墓原猶すこし

又玄か宅にへとゝめられ侍るころその妻男の心にひとしくものことまめやかに見えけれはかの日向守の妻髪を切て席をもうけられし事も今更に申出て

月さひよ明智か妻のはなしせん

   知足の弟金右衛門か新宅を賀す

よき家や雀よろこふ背戸の栗

蜻蛉やとり付かねし石の上

はつしくれ猿も小簑をほしけなり

   しはしかくれ居ける人をなくさめて

先祝へ梅を心の冬こもり

   自畫自讃

いかめしき音や霰の桧木笠

長嘯の墓もめくるか鉢たゝき

何にこの師走の市に行からす

  元禄三午歳

   都ちかき所に年をとりて

薦を著て誰人います花の春

神路山を出るとて西行の涙をしたひ増賀の信を悲しむ

何の木の花ともしらす匂ひかな

裸にはまたきさらきのあらしかな

   二見の圖を拜み侍りて

うたかふなうしほの花も浦の春

   園女が家にて

暖簾の奧ものゆかし北の梅

うくひすの笠落したる椿かな

かけろふや柴胡の原の薄くもり

当國花垣の庄はそのかみ奈良の八重桜の料に附られけるといひ傳へ侍れは

一里はみな花守の子孫かや

雲雀啼中の拍子や雉子の聲

蛇くふと聞は恐ろしきしのこへ

木のもとは汁も鱠もさくらかな

出羽の圖子呂丸をいたむ旅にて死せし人なり

当帰よりあはれは塚のすみれ草

草の葉を落よりとふ螢哉

石山のおく国分といふ處に人の住捨たる菴あり幻住庵といふ清陰翠微の佳境いと目出たき眺望になん侍れは卯月のはしめ尋入て

先たのむ椎の木もあり夏木立

日の道や葵かたふく五月雨

   無常迅速

やかて死ぬけしきはみへす蝉の聲

   木曾墳の舊草にありて敲戸の人々に對す

草の戸をしれや穂蓼に唐からし

   堅田にて

病雁の夜寒に落て旅寝かな

蜑の屋は小海老にましるいとゝ哉

洛の桑門雲竹自の像にやあらんあなたの方に顔ふりむけたる法師を画てこれに讃せよと申されけれは君は六十年あまり予は既に五十年にちかしともに夢中にして夢の形をあらはす是にくハふるに寐言をもつてす

こちらむけ我もさひしき秋のくれ

   旧里の道すから

時雨るゝや田のあら株の黒むほと

   大津にて

三尺の山もあらしの木の葉かな

   洛御靈別當景桃丸興行

半日は神を友にやとしわすれ

   旅 行

はつ雪や聖小憎の笈の色

   湖水眺望

比良三上雪かけわたせ鷺の橋

また埋火の消やらす臘月すえ京都を立出て乙州か新宅に春をまちて

人に家をかはせて我は年わすれ

  元禄四未歳

湖頭の無名菴に年をむかふ時三日口を閉て題正月四日

大津繪の筆のはしめは何佛

   乙рゥ江戸へ赴く時

梅わか菜まりこの宿のとろゝ汁

山里は萬歳遅しうめの花

   田家にありて 二句

麥めしにやつるゝ恋か猫の妻

   珎碩の洒落堂の記ありて

四方より花吹入れて湖(にほ)のうミ

   萬乎別墅

年々やさくらをこやす花のちり

山吹や笠にさすへき枝の形

春の夜は櫻に明てしまひけり

闇の夜や巣をまとはして啼千鳥

   望湖水惜春

行春をあふみの人とおしみける

手をうては木魂に明る夏の月

   嵯峨にて

子規大竹藪をもる月夜

   或寺にひとり居て

うき我をさひしからせよかんこ鳥

   落柿舎

柚の花にむかし忍はん料理の間

五月雨や色紙へきたる壁のあと

   正成像鐡肝石心此人之情

撫子にかゝるなミたや楠の露

   丈山の像に謁す

風かおる羽織は襟もつくろはす

本間氏主馬か亭にまねかれしに大夫か家名を称して

ひらひらとあくる扇や雲のみね

蓮の香に目をかよはすや面の鼻

   遊刀亭納涼二句

さゝ浪や風の薫りの相拍子

湖や暑をおしむ雲の嶺

盆過て宵闇くらし虫の聲

座右銘 
人の短をいふことなかれ

己か長をいふことなかれ

ものいへは唇さむしあきの風

   畫 賛

白露もこほさぬ萩のうねりかな

或智識の曰なま禅大疵のもとひとかやいと有かたくて

いなつまにさとらぬ人の貴さよ

   古寺翫月

名月や坐にうつくしき顔もなし

   正秀亭初會

月代や膝に手をおく宵の内

   義仲菴

三井寺の門たゝかはやけふの月

望月の残興猶やます二三子いさめて舟を堅田の浦にはす

鎖明けて月さし入れよ浮御堂

いさよひや海老にる程の宵の闇

やすやすと出ていさよふ月の雲

むかしきけちゝふ殿さへ相撲取

柴の菴ときけはいやしき名なれとも世にこのもしきものにそ有ける此歌は東山に住ける僧を尋て西行のよませ給ひけるよし山家集に載られたりいかなる住居にやとまつその坊のなつかしけれは

柴の戸の月やそのまゝ阿弥陀坊

   九月九日乙州が一樽をたつさへ来りけるハ

草の戸や日くれてくれし菊の酒

月の澤と聞へる明照寺に旅の心を託して

尊かるなみたや染てちる紅葉

同寺御堂奉加の詞書に曰竹樹密に土石老たり誠木立物ふりて殊勝に覚へ侍れは

百年のけしきを庭の落葉かな

葛の葉のおもて見せけり今朝の霜

   美濃耕雪別墅

木からしに匂ひやつけし歸り花

   千川亭

折々に伊吹をミてや冬こもり

   おもひよせて

水仙や白き障子のともうつり

   同新城の家中菅沼權右衛門宅

京に飽て此こからしや冬住居

梅椿早咲ほめん保美の里

   鳳来寺に參籠して

夜着一ツ祈り出したる旅ね哉

木からしに岩吹とかる杉間かな

   嶋田の駅塚本か家にいたりて

宿かりて名をなのらする時雨哉

馬かたはしらし時雨の大井川

   霜月はしめ武江にいたる

都出て神も旅寝の日数かな

三秋を經て草菴に歸れハ旧友門人日々にむらかり来りていかにととへハこたへ侍る

ともかくもならてや雪の枯尾花

魚鳥の心はしらす年わすれ

行年や薬に見たき梅の花

  元禄五申年

年々や猿に着せたる猿の面

春もやゝけしきとゝのふ月と梅

うくひすや柳のうしろ薮の前

   題しらす

木曽の情雪や生ぬく春の草

おとろへや齒に喰あてし海苔の砂

起よ起よわか友にせんぬる小蝶

   西行聖人像賛

すてはてゝ身はなきものと思へとも

雪の降日はさふくこそあれ花の降

日はうかれこそすれ

時鳥啼や五尺のあやめ草

鎌倉を生て出けん初鰹

草いろいろおのおの花の手からかな

青くても有へきものを唐からし

名月や門にさしこむ潮かしら

柱は杉風枳風か情を削り住居は曽良岱水か物数寄をわひなを名月のよそほひにと芭蕉五本を移す

芭蕉葉を柱に懸ん庵の月

けふはかり人も年よれ初時雨

   支梁亭口切の日

口切に堺の庭そなつかしき

   深川大橋半かゝりける頃

初雪や掛かゝりたる橋のうへ

   同橋成就せし時

有かたやいたゝいて踏橋の霜

打よりて花入探れむめ椿

月花の愚に針立ん寒の入

葱白く洗ひ上たるさむさかな

蛤のいける甲斐あれとしのくれ

  元禄六酉年

人も見ぬ春や鏡のうらの梅

去來のもとへなき人の事なと言遣すとて

菎蒻(こんにやく)のさしミもすこし梅の花

   露沾公にて

西行の庵もあらん花の庭

   森川許六餞別二句

椎の花の心にも似よ木曽の旅

うき人の旅にもならへ木曽の蝿

   露沾公に申侍る

五月雨に鳰の浮巣を見に行ん

   閉閑の説あり

蕣や昼は鎖おろす門の垣

朝かおや是もまたわか友ならす

去来かもとより伊勢の紀行書て送りけるその奥に書付ける

西東あハれさ同し秋の風

老の名の有ともしらて四十雀

榎の実ちる椋の羽音や朝あらし

   畫讃

鷄頭や雁の来る時猶あかし

   深川のすゑ五本松といふ所に舟さして

川上とこの川下や月の友

   小名木澤の桐奚興行

秋にそふて行かはやすゑは小松川

東順老人は湖上に生れて東野に終をとれり

入月のあとは机の四隅かな

   岱水亭にて

影まちや菊の香のする豆腐くし

   八町堀にて

きくの花咲や石屋の石の間

鞍つほに小坊主のるや大根引

けごろもにつゝミてぬくし鴨の足

   竹の讃

たはミては雪まつ竹のけしきかな

寒菊や粉糠のかゝる臼のはた

  元禄七戌年

蓬莱に聞はや伊勢の初便

梅かゝにのつと日の出る山路かな

八九間空て雨降やなきかな

傘に押分見たる柳かな

青柳の泥にしたるゝ潮干かな

顔に似ぬ發句も出よ初櫻

   句空への文に

うらやまし憂世の北のやまさくら

上野ゝ花見にまかりけるに人々幕うちさハきものゝ音小うたの聲さまさまなり傍らの松陰をたのミて

四つ五器の揃ハぬ花見こころかな

灌佛や皺手合する数珠の音

木かくれて茶摘もきくや郭公

紫陽花や藪を小庭の別坐敷

五月十一日武府を出て故郷に赴く川崎まて人々送り来りて餞別の句をいふそのかへし

麦の穂をたよりにつかむわかれかな

   五月三十日の富士の思ひ出らるゝに

目にかゝる時やこと更五月富士

駿河路やはな橘も茶のにおひ

   道芝にやすらひて

とんみりと樗や雨の花曇り

大井川水出て嶋田塚本氏かもとにとまりて 二句

五月雨の雲吹落せ大井川

(ちさ)はまた青葉なからや茄子汁

夏の月御油より出て赤坂か

   尾張にて舊交に對す

世を旅に代かく小田の行戻り

露川がともから佐屋まて道送りしてともに隠士山田氏か亭にかりねす

水鷄なくと人のいへはや佐屋泊り

   野水閑居を思ひ立けるに

すゝしさは指図に見ゆる住居哉

   音信に

昼顔に昼寝せうもの床の山

   藏田氏に遊て

柴付し馬の戻りや田植樽

   雪芝か庭に松を植るを見て

涼しさや直に野松の枝のなり

   去来か別墅にて

朝露よこれてすゝし瓜の泥

柳こり片荷はすゝし初眞瓜

   小倉山常寂寺にて

松杉をほめてや風のかほる音

六月や峯に雲おくあらし山

清瀧や浪にちりこむ青松葉

大津に侍りしを兄の許より消息せられけれは旧里に帰りて盆會をいとなみて

家は皆杖に白髪の墓参

   尼寿貞か身まかりけると聞て

數ならぬ身とな思ひそ玉まつり

前の戯なとか此遊にことならんやかの髑髏を枕としてことに夢うつゝをわかたさるもたゝこの生前を示さるゝものなり

稲つまや顔の所かすゝきの穂

いな妻や闇の方行五位の聲

めにかゝる雲やしはしのわたり鳥

名月の花かと見へて綿はたけ

名月に麓の霧や田のくもり

今宵たれ芳野の月も十六里

   伊勢の斗従に山家をとハれて

蕎麦はまた花てもてなす山路かな

松茸やしらぬ木の葉のへ歯りつき

   片野望翠宅にて

里ふりて柿の木もたぬ家もなし

行秋や手をひろけたる栗のいか

   南都にて

菊の香や奈良には古き佛達

きくの香や奈良は幾代の男ふり

ひいと啼尻声悲し夜の鹿

   闇峠にて

菊の香にくらかり登る節句かな

   生玉邊より日をくらして

菊に出て奈良と難波は宵月夜

   住吉の市に立て

升買て分別かはる月見かな

   園女家にて

白菊の目に立て見る塵もなし

   旅 懐

此秋は何て年よる雲に鳥

秋ふかき隣は何をする人そ

清水寺の茶店に遊ひけるにあるしの男のふかく望けるに

松風の軒をめくりて秋くれぬ

同所にて泥足か集の俳諧催しける時所思

此道や行人なしに秋のくれ

人声や此道かへるあきの暮

   十月八日旅中吟

旅に病て夢はかれ野をかけめくる

  後見出て句年号しれす

花木槿はたかわらへのかさしかな

紫陽花や帷子時の薄淺葱

   人に帷子をもらひて

いてやわれよき布着たり蝉の聲

   美濃垂井の宿矩外がもとに冬籠して

作り木の庭をいさめるしくれかな

郭公聲横たふや水のうへ

ひと聲の江に横たふや子規

時鳥まねくか麦のむら尾花

晝見れは首筋赤きほたるかな

玉川の水におほれそ女郎花

   高瀬の漁火といふ題をとりて

篝火にかしかや浪の下むせひ

梅咲てよろこふ鳥の景色哉

   貞徳翁の讃

おさな名やしらぬ翁の丸頭巾

によきによきと帆柱さむき入江かな

鐘撞ぬ里は何をか春のくれ

曙やまた朔日にほとゝきす

   戸田權太夫亭にて

一しくれ礫や降て小石河

むすふよりはや齒にひゝく泉かな

   支考東行餞別

此こゝろ推せよ花に五器一具

蝙蝠も出ようき世の花に鳥

紅梅や見ぬ恋作る玉すたれ

藤の実は俳諧にせん花のあと

   路通かミちのくに趣く時

草枕まことの花見しても來よ

   木因亭にて竹睡日

降すとも竹植る日は簑と笠

   畫 賛

鶴啼やその聲に芭蕉やれぬへし

子に飽くと申人には花もなし

初秋や海も青田の一ミとり

   越後新潟にて

海にふる雨や恋しきうき身宿

五月雨は滝ふりうつむみかさ哉



安永三午年七月

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