俳 書
『其便』(泥足編)
其便に申し送りける。 |
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月は幻住庵にて |
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三井寺の門たゝかばやけふの月 | 芭蕉 |
木母寺に哥の会ありけふの月 | 晋子 |
けふ長崎の泥足めづらしき顔もて、目なれぬ |
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うつはものをおくり侍るに |
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新月の心ばえ(へ)也唐煙筒(からぎせる) | 嵐雪 |
舟中吟 |
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名月や眠る人さへ酒とらず | 泥足 |
初雪や柊の葉の角ばかり | 彫棠 |
花は |
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花はよも毛虫にならじ家桜 | 嵐雪 |
東叡山明鏡坊より花送られしに |
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文を跡に桜さし出す使哉 | 晋子 |
啖二花影一とある詩を |
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花は江に香を追ふ魚は飢ぬべし | 泥足 |
花守の心にほむる女かな | 秋色 |
「林中不レ売レ薪」と『文選』に |
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ぜになくや山時鳥町外レ | 晋子 |
其 便 下 |
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両国橋上吟 |
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千人が手を欄干や橋すゞみ | 晋子 |
并に舟中の吟 |
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此人数(にんず)船なればこそ凉み哉 | 仝 |
嵯峨に籠りて |
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清滝や浪に塵なき夏の月 | 芭蕉 |
初雪や人の機嫌は朝の中 | 桃隣 |
真夜半やふり替たる天の川 | 嵐雪 |
深河大橋半かゝりける比 |
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初雪やかけかゝりたる橋の上 | 芭蕉 |
愛 蓮 |
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唐蓮の華待顔や椽(縁)の先 | 助叟 |
浅茅が原にて |
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刈残す月は有けり夜田の道 | 泥足 |
古関越にて |
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牛の子や杭にすり付むらしぐれ | 泥足 |
久留米 |
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蓑ばかり見る水無月も田面哉 | 西与 |
文月の初、船路に赴 |
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七夕の夜よ楹に哥かゝん | 泥足 |
上野にて |
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小坊主や松に隠れて山桜 | 晋子 |
巴峡の猿を |
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声かれて猿の歯白し峯の月 | 晋子 |
江戸を立日 |
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後の月浅草川に残しけり | 泥足 |
難 波 |
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鶯もふできに成て山ざくら | 之道 |
天王寺 |
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咲花も乱より後の古び哉 | 洒堂 |
伊 勢 |
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山鳥の樵夫を化す雪間哉 | 支考 |
膳 所 |
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鯉鮒も青葉につくか城の陰 | 正秀 |
談合の温飩(うどん)にしまる後の月 | 曲翠 |
洛 邑 |
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青柳や覆ひ重るいと桜 | 去来 |
駒牽の木曾や出らん三ヶの月 | 仝 |
近付に成りて別るゝ案山子哉 | 惟然 |
ひだるさに馴てよく寐る霜夜哉 | 惟然 |
此集を鏤(ちりばめ)んとする比、芭蕉の翁は難波 |
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に抖数(藪)し玉へると聞て、直にかのあたりを訪 |
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ふに、晴々亭の半哥仙を貪り、畔止亭の七種の |
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恋を吟じて、予が集の始終を調るものならし。 |
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此道や行人なしに秋の暮 | ばせを |
岨の畠の木にかゝる蔦 | 泥足 |
月しらむ蕎麦のこぼれてに鳥の寐て | 支考 |
小き家を出て水汲む | 游刀 |
天気相羽織を入て荷拵らへ | 之道 |
酒で痛のとまる腹癖 | 車庸 |
片づかぬ節句の座敷立かはり | 洒堂 |
塀の覆にあかき梅ちる | 畔止 |
線香も春の寒さの伽になる | 惟然 |
恵比酒の餅の残る二月 | 亀柳 |
菜畑に花見顔なる雀かな | 芭蕉 |