春の部 都近き所に年をとりて 誰人か薦着てゐます花の春 里の子等梅折残せ牛の策 鶯の笠おとしたる椿かな |
神路山を出るとて西行の泪をしたひ増賀の信を悲しむ二句 |
何の木の花ともしらぬ匂ひかな 裸にはまた如月のあらし哉 二見の圖を拜みて うたかふなうしほの華も浦の春 園女亭 暖簾の奧ものゆかし北の梅 陽炎や柴胡の原のうす曇 |
伊賀の國花垣の荘はそのかみ奈良の八重櫻の料に附られけるといひ傳ひ侍れは |
ひと里は皆花守の子孫かや 雲雀啼中の拍子や雉子の声 蛇喰ふと聞はおそろし雉子の声 木の下は汁も鱠もさくらかな 珎碩の洒落堂の記に 四方より花吹入て鳰の海 |
出羽國圖子呂丸を悼む旅にて死せし人也 |
當帰よりあハれは塚のすみれ艸 望湖水惜春 行春をあふみの人とおしみけり 夏の部 草の葉を落るより飛ほたるかな |
石山の奥国分山といふ所に人の住捨たる菴あり幻住庵といふ清陰翠微の佳境いとめて度眺望になん侍れは卯月のはしめ尋入て |
先たのむ椎の木もあり夏木立 時鳥聲横たふや水の上 一声の江に横たふや杜宇 日の道や葵かたふく五月雨 入梅晴の私雨や雲ちきれ 無常迅速 頓死ぬ景色ハ見へす蝉の聲 秋の部 木曾墳の旧庵にありて敲戸の人々に對す 草の戸をしれや穂蓼に唐からし かくさぬそ宿ハ菜汁に唐からし 名月や湖水にうかふ七小町 打出の濱にて 十六夜や海老煮るほとの宵の闇 蜑か屋は小海老にましる竈馬哉 むかし聞け秩父殿さへ相撲取 堅田にて 病鴈の堅田に落て旅寐哉 九月九日乙州か一樽を携来りけれは 草の戸や日暮てくれし菊の酒 |
望月の残興なを止す二三子いさめて舟を堅田の浦に出す |
鎖明て月さし入よ浮御堂 |
洛の桑門雲竹自の像にやあらんあなたのかたに顔ふりむけたる法師を画て是に讃せよと申されけれは君は六十年余り予ハ既に五十年に近しともに夢中ニして夢の形を顕ハす是に加ふるに寐言をもつてす |
こちらむけ我もさひしき秋の暮 冬の部 旧里の道すから しくるゝや田のあら株の黒むほと 三尺の山もあらしの木の葉哉 旅行 はつ雪や聖小憎の笈の色 湖水眺望 比良三上雪かけわたせ鷺の橋 洛の御霊別當景桃丸興行 半日ハ神を友にやとし忘 |
また埋火の消やらす臘月末京都を立出て乙州か新宅に春を待て |
人に家を買ハせて我はとし忘 |
春の部 |
湖頭の無名菴に年を迎時三日閉口題四日 |
大津繪の筆のはしめハ何佛 乙州東都行餞別 梅若菜鞠子の宿のとろゝ汁 路通がみちのくに赴時 草枕まことの花見しても来よ 田家にありて 麦飯にやつるゝ恋か猫の妻 萬乎別埜 年年やさくらを肥す華の塵 闇の夜や巣をまとハして鳴千鳥 花の陰硯にかはる丸瓦 あらし山にて 花の山二町のほれは大悲閣 山吹や笠にさすへき枝の形 支考東行餞別 此こゝろ推せよ花に五器一具 春の夜は櫻に明て仕舞けり 夏の部 手をうては谺に明る夏の月 嵯峨にて 子規大竹藪をもる月夜 時鳥招くか麦のむら尾花 或寺にて 憂き我をさひしからせよ閑子鳥 落柿舎にて 柚の花にむかし忍はん料理の間 落柿舎頽破 五月雨や色紙へきたる壁の跡 正成之像鉄肝石心此人之情 瞿麦にかゝる涙や楠の露 石山丈山の像 風かほる羽折や襟もつくろハす |
本間氏主馬か亭に招れしに大夫か家名を称して二句 |
ひらひらとあくる扇や雲の峯 蓮の香に眼を通ハすや面の鼻 遊刀亭納涼二句 さゝ浪や風のかほりの相拍子 湖やあつさをおしむ雲の峯 秋の部 盆過て霄闇くらし虫の聲 座右銘 人の短をいふ事なかれ 己か長を説事なかれ ものいへは唇寒し秋の風 高瀬の漁火といふ題をとりて 篝火に鰍や浪の下むせひ 画讃 ひと露もこほさぬ萩のうねり哉 |
或智識の曰なま禅大疵のもとひといとありかたくて |
稲つまに悟らぬ人の尊さよ 正秀亭初會 月代や膝に手を置宵のうち 古寺翫月 月見する座に美しき顔もなし 名月や児達並ふ堂の縁 義仲菴におゐて 三井寺の門敲かはやけふの月 名月や鶴脛高き遠干潟 安々と出ていさよふ月の雲 |
柴の庵と聞はいやしき名なれとも世にこのもしき物にそありける此哥ハ東山に住ける僧を尋て西行のよませ給ひけるよし山家集に載られたりいかなる住居にやと先其坊のなつかしけれは |
柴の戸の月や其まゝ阿弥陀坊 冬の部 |
月の沢と聞へる明照寺に旅の心をすまして |
尊とかる涙や染てちる紅葉 |
同寺堂奉加の言葉書に曰竹樹密に土石老たりと誠に木立物ふりて殊勝に覚へ侍は |
百年のけしきを庭の落葉哉 美濃の垂井泊矩外かもとにて 作り木の庭をいさめる時雨かな 葛の葉の表見せけり今朝の霜 美濃耕雪亭別埜 凩に匂ひや付し帰り花 千川亭 折々に伊吹を見てや冬籠 熱田梅人亭塵裏閑を思ひよせて 水仙や白き障子のとも移り 同新城家中菅沼權右衛門宅 京に倦て此木からしや冬住居 梅椿早咲ほめん保美の里 鳳来寺に參籠して 夜着ひとつ祈出したる旅寐哉 木からしに岩吹尖る瘧ヤかな 嶋田の駅塚本か家に至て 宿かりて名をなのらするしくれ哉 馬士ハしらし時雨の大井川 霜月はしめ武江に至る 都出て神も旅寐の日数かな |
三秋を經て草庵に歸れは旧友門人日々に群り来ていかにと問へハ答侍 |
ともかくもならてや雪の枯尾花 常憎む烏も雪のあしたかな 魚鳥の心はしらず年わすれ |
春の部 年々や猿に着せたる猿の面 春もやゝ景色とゝのふ月と梅 鶯や柳のうしろ藪のまへ 木曽の情雪や生へぬく春の艸 おとろへや歯に喰あてし海苔の砂 草菴にもゝ櫻有門人に其角嵐雪あり 兩の手に桃と櫻や草の餅 起よ起よわか友にせんぬる胡蝶 西行聖人像賛 |
すてはてゝ身はなきものとおもへとも雪のふる日ハ寒くこそあれ花の降日はうかれこそすれ |
夏の部 時鳥啼や五尺のあやめ艸 鎌倉を活て出けんはつ松魚 秋の部 草いろいろ各花の手から柄かな 青くても有へき物を唐からし 名月や門にさし込汐かしら |
柱は癜璃k風か情を削住居曽良と岱水か物数寄をわふなを名月のよそほひと芭蕉五本を植て |
はせを葉をはしらに懸ん庵の月 冬の部 けふはかり人も年よれ初しくれ 支梁亭口切 口切に堺の庭そなつかしき 深川大橋半かゝりたる時 初雪や掛かゝりたる橋の上 同橋成就せし時 有かたやいたゝいて踏橋の霜 打寄て花入探れ梅椿 葱白く洗あけたる寒かな 月花の愚に針立ん寒の入 蛤の活る甲斐あれ年の暮 |
春の部 元日に田毎の日こそ恋しけれ 人も見ぬ春や鏡の浦の梅 |
去来かもとへなき人の事なと言遣すとて |
菎蒻(こんにやく)のさしみもすこし梅の花 露沾公にて 西行のいほりもあらん華の庭 夏の部 森川許六餞別 椎の花のこゝろにも似よ木曽の旅 うき人の旅にもならへ木曽の蝿 露沾公にて申侍 五月雨に鳰の浮巣を見に行ん 秋の部 閉閑の説あり 蕣や昼は鎖おろす門の墻 朝かほや是もまた我友ならす |
去来かもとより伊勢の紀行書て贈ける其奥に書付侍 |
西東あはれさおなし秋のかせ 老の名のありともしらて四十雀 榎の実散る□の羽音や朝あらし 深川の末五本松といふ所に舟さして 川上と此川下や月の友 画讃 鷄頭や鴈の来る時なを赤し |
東順老人ハ湖上に生れて東野に終をとれり |
入月の跡ハ机の四隅かな 岱水亭にて 影待や菊の香のする豆腐串 八町堀にて 菊の花さくや石屋の石の間 小名木沢の桐奚興行 秋に添ふて行はや末は小松川 冬の部 大根引といふ事を 鞍つほに小坊主のるや大根引 竹の讃 撓ミては雪待つ竹の景色哉 |
春の部 蓬莱に聞はや伊勢の初便 梅か香にのつと日の出る山路哉 八九間空に雨ふる柳かな 傘に押分見たるやなきかな 青柳の泥にしたるゝ潮干かな 顔に似ぬ発句も出よはつ櫻 句空への文に うらやまし浮世の北の山さくら |
上野の花見にまかり侍しに人々幕打さはき物の音小唄の聲さまさまなりける傍の松陰をたのミて |
四つ五器の揃ハぬ花見こころ哉 夏の部 木隠て茶摘もきくや郭公 灌佛や皺手合する珠数の音 卯の花やくらき柳の及こし |
五月十一日武府を出て故郷に赴く時人々川崎迄送り来りて餞別の句をいふそのかへし |
麦の穂をたよりにつかむ別かな 五月三十日の富士の思ひ出らるゝに 眼にかゝる時やこと更皐月冨士 駿河路や花橘も茶の匂ひ 道芝に休らひて とんみりと樗や雨の花曇 |
大井川水出て嶋田塚本氏かもとに泊て二句 |
五月雨の雲吹落せ大井川 苣(ちさ)ハまた青葉なからや茄子汁 夏の月御油より出て赤坂か 尾張にて舊交に對す 世を旅に代かく小田の行戻り |
露川か等佐谷迄道送りして共に隠士山田氏か亭に仮寐す |
水鷄なくと人のいへはや佐屋泊り 野水閑居を思ひ立けるに 涼しさハ□□にミゆる住居哉 藏田氏に游ひて 柴付し馬の戻や田植樽 雪芝か庭に松を植るを見て 涼しさや直に野松の枝の形 去来別埜にて 朝露によこれて涼し瓜の土 柳骨離片荷ハ涼し初真桑 小倉山常寂寺にて 松杉をほめてや風の薫る音 六月や峯に雲置あらし山 清瀧や浪に散りこむ青松葉 清瀧の水汲よせてところてん 秋の部 |
甲戌の夏大津に侍しをこのかみの許より消息せられけれは舊里に帰りて盆會をいとなみて |
一家皆白髪に杖の墓参 尼壽貞か身まかりけると聞て 数ならぬ身とな思ひそ魂まつり 名月の花かと見へて綿畠 名月に麓の音や田の曇 今宵誰芳野の月も十六里 片野の望翠宅にて 里舊りて柿の木もたぬ家もなし 伊勢の斗従に山家を問はれて 蕎麦ハまた花て饗應す山路かな 松茸やしらぬ木の葉のへはり付 園女か家にて 白菊の目に立て見る塵もなし 芝柏興行 秋深き隣は何をする人そ 旅懐 此秋は何て年よる雲に鳥 目にかゝる雲やしはしの渡鳥 南都にて 菊の香や奈良には古き佛達 菊の香や奈良は幾代の男ふり ひいと啼尻声悲し夜の鹿 闇峠にて 菊の香にくらかり登る節句哉 生玉邊より日を暮して 菊に出て奈良と難波ハ宵月夜 住吉の市に立て 升買て分別かハる月見かな |
本間主馬が宅に骸骨ともの笛鼓をかまへて能する所を画て舞臺の壁にかけたり誠に生前のたはふれなとハ此遊ひに異んや彼髑髏を枕として終に夢うつゝをわかたざるも只此生前を示さるゝもの也 |
稲妻や顔のところか薄の穂 稲つまや闇の方行五位の聲 |
清水寺の茶店に遊ひけるにあるしの男のふかく望けるに |
松風の軒をめくりて秋くれぬ |
同所にて泥足か集の俳諧催しける時所思 |
此道や行人なしに秋の暮 人声や此道帰る秋のくれ 行秋や手をひろけたる栗の毬 冬の部 旅に病て夢ハ枯野をかけ廻る |