俳 書

『風羅袖日記』  ・ 


寛政11年(1799年)10月、素綾自序。

文化元年(1804年)、『芭蕉袖日記』として再刊。

860句余りが収録されているが、そのうち存疑95句、誤伝21句。

其いつ歟、芭蕉袖日記といへる発句集を師より伝はりて、陀袋にこめをきし事年あり。其句数七百五十有余なりし、予また十余り九とせばかり前の頃、牛路鯨浜にさすらひて、蕉翁のツエを曳れしふる道をしたひ、都鄙に間々書おかれたる色紙、短冊の句々を写し得て、武蔵野、野ざらし、鹿島、よし野、更料(科)、奥の細道等の紀行に洩たるを加へ、都て八百六十余句とはなれりける。

 蝶夢の『芭蕉翁發句集』(安永3年刊)を倣って句を配列している。『芭蕉翁發句集』の年次を訂正したものもあるが、訂正が誤ったものも多い。

延宝天和年中

  春の部

此梅に牛もはつ音と鳴つへし

   憂 方 知二 酒 聖
  (憂フテハ方ニ酒ノ聖ナルコトヲ知ル)

   貧 始 覺錢 神
  (貧フシテハ始テ錢ノ神ナルコトヲ覺フ)

華に浮世我酒白く食(めし)黒し

蝙蝠も出よ浮世の花に鳥

   遁世の時

雲とへたつ友にや厂の活別

姨石に鳴かはしたる雉子哉

   夏の部

清く聞ん耳に香タイてほとゝきす
(※「タイ」=火+主)

杉風生夏衣いと清らかに調して贈りけれは

いてや我よきぬの着たり蝉衣

  秋の部

芭蕉野分して盥(たらい)に雨を聞夜哉

見わたせは詠れは見れは須广の秋

   画讃

鶴鳴や其声に芭蕉破ぬへし

  冬の部

貧山の釜霜にふる声寒し

我草の戸の初雪見んとむとよ所にありてもいそき帰ことあまたゝひなりけるに師走八日はしめて雪降けるよろこひ

初雪や幸菴にまかり在

曽良何某ハ此あたり近く仮に居をしめて朝なゆふなにとひつとはる我喰ひものいとなむ時は柴打くふるたすけとなり茶を煮夜来りて水をそゝく隠閑を好む人にて交(まじはり)こかねを断或夜雪にとはれて

君火をたけよき物見せん雪まろ丸け

貞享元子

  春の部

春立や新年古き米五升

   荘子の画讃

唐土の俳諧問はん飛胡蝶

藻にすたく白魚も手にとらハ消ぬへき

世にさかる花にも念佛申けり

   三聖人の圖

月花の是やまことのあるし達

  夏の部

松風の落葉か水の音涼し

   画讃

馬ほくほく我を繪に見る夏野哉

甲子吟行野さらし紀

千里に旅立て路粮をつゝます三更月下無何に入と云ひけむむかしの人の杖にすかりて貞亨甲子秋八月江上の破屋を出る程風の聲そゝろ寒氣也

野さらしを心に風のしむ身かな

秋とゝせかへつて江戸をさす古郷

   關越る日ハ雨降て皆雲に隠れたり

雰しくれ富士を見ぬ日そ面しろき

富士川の道を行に三ツ斗なる捨子の泣あり此川の早瀬にかけて浮世の浪をしのくにたえす露斗の食物間と捨置けん小萩かもとの秋の風今宵やちるらん翌やしをれんと袂より喰物投て通るにいかにそや汝父に悪まれたるか母にうとまれたるかちゝハ汝をにくむにあらしはゝは汝をうとむにあらし只是天にして汝か性のつたなきをなけ

猿を聞人捨子に秋の風いかに

   馬上の吟

道の邊の木槿ハ馬に喰れけり

廿日あまりの月かすかに見へて山の根きはいとくらきに馬上に鞭をたれて数里いまた鶏鳴ならす杜牧か早行の残夢小夜の中山に至りて忽ち驚く

馬に寐て残夢月遠し茶の烟

松葉屋風瀑か伊勢に在けるを尋音信(たづねおとづれ)て十日斗足をとゝむ腰間に寸鉄をおびす襟に一嚢をかけて手に百八の珠数を携僧に似て塵あり俗に似て髪なし我僧にあらすといへとも浮屠属にたくへて神前に入事をゆるさす暮て外宮に詣けるに一の華表(とりゐ)の陰ほのくらく御燈(みあかし)處々に見へてまた上もなき峯の松風身にしむ斗ふかき心を起して

みそか月なし千とせの杉を抱あらし

西行谷の麓に流あり女ともの芋洗ふを見るに

芋洗ふ女西行ならハ歌よまん

   閑人蘆牧亭を訪て

蔦植て竹四五本のあらしかな

長月のはしめ古里に歸り北堂の萱艸も霜枯はてゝ今ハ跡たになし何事もむかしに替りてはらからの鬢白く眉皺よりて唯命有てとのミ云て詞ハなきに兄の守袋より出てゝ母の白髪拝めよと浦島か子の玉手箱汝か眉もやゝ老たりとしはらく泣て

手にとらは消ん涙そあつき秋の霜

大和より山城を經て近江路に入て美濃に至り今す山中を經ていにしへ常盤の墳あり伊勢の守武か云ける義朝殿に似たる秋風とハいつれの所か似たりけん我も又

義朝のこゝろに似たり秋の風

   不破の關にて

秋風や藪も畠も不破の関

大垣に泊ける夜は木因か家を主とす武藏野を出し時は野さらしを心に思ひて旅立けれは

死もせぬたひ寐の果よ秋のくれ

   田中の法蔵寺にて

苅あとや早稲片々の鴫の聲

  冬の部

   桑名本當寺にて

冬牡丹千鳥よ雪のほとゝきす

艸の枕に寐あきてまたほのくらきに濱の方へ出て地蔵堂の桓に書つく

あけほのやしら魚白きこと一寸

熱田に詣す社頭大に破築地ハたふれて草むらにかくる

しのふさへ枯て餅かふやとり哉

桐葉のぬし心さし淺からさりけれは暫くとゝまらんとせしほとに

此海に草鞋を捨ん笠しくれ

   名護屋に入道のほと風吟す

狂句木からしの身ハ竹齋に似たるかな

艸枕犬もしくるゝか夜の声

   雪見にありきて抱月亭

市人にいて是うらん雪の笠

   鍛治出羽守氏雲亭にて

面白し雪にやならん冬の雨

箱根越す人もあるらし今朝の雪

   人々師走の海見んと舩さし出しけれは

海暮て鴨の声ほのかに白し

   旅人を見る

馬をさへ詠る雪のあした哉

こゝに草鞋をときかしこに杖をおきて旅寐なからに年の暮けれは

年暮ぬ笠きて艸鞋はきなから

貞享二丑

  春の部

   伊勢のある方にて

旅烏古巣ハ梅に成にけり

   奈良にて

春なれや名もなき山の朝霞

   二月堂にこもりて

水とりやこほりの僧の沓の音

京にのほりて三井秋風か鳴瀧の山家をとふ 二句

梅白しきのふや鶴を盗れし

樫の木の花にかまハぬすかたかな

   野中の日陰

蝶のとふはかり野中の日陰哉

   伏見西岸寺任口上人にあふて

我衣(きぬ)に伏見の桃の雫せよ

   大津に出る道山路をこへて

何とはなしになにやらゆかし菫艸

   湖水眺望

辛崎の松ハ花より朧にて

   吟行

菜畠に花見顔なる雀かな

   昼の休らひとて旅店に腰を懸て

つゝし活て其陰に干鱈裂女

   水口にて廿年を經て舊友にあふ

命ふたつ中に活きたる櫻かな

  夏の部

伊豆の國蛭か小嶋の桑門去年の秋より行脚しけるに我名を聞て草の枕の路つれにもと尾張の國まて後をしたひ来りけれは

いさともに穂麦喰ん艸枕

此僧告て曰円覚寺大顛和尚ことし睦月のはしめ遷化し給ふよし誠や夢のこゝ地せらるに先に其角か方へ申遣しける

梅恋て卯の花拝むなみたかな

   甲斐の山中に立よりて

行駒の麦になくさむやとりかな

山賤のおとかひとつるむくらかな

卯月の末に帰て旅のつかれをはらす

夏衣いまた虱をとり盡さす

昼見れは首筋あかき蛍かな

紫陽花やかたひら時の薄淺黄

  秋の部

雲折々人を休る月見かな

   常陸へまかりける船中苫をあくれは

明行や廿七夜も三日の月

  冬の部

   戸田權太夫亭

ひと時雨礫や降て小石川

   貞徳翁の讃

おさな名やしらぬ翁の丸頭巾

冬枯や世はひと色に風の音

   ふたゝひ芭蕉菴を造り営て

霰きくや此身ハもとの古柏

貞享三寅

  春の部

梅咲てよろこぶ鳥のけしき哉

紅梅や見ぬ恋作る玉すたれ

古池や蛙飛込水の音

   桑門宗波行脚せんと旅立を送る

古巣たゝあハれなるへき隣かな

観音のいらか見やりつ花の雲

花咲て七日鶴見る麓かな

暮遅き四谷過けり帋艸履

  夏の部

子規啼や黒戸の濱庇

  秋の部

   其角か蓼螢の句を和す

蕣に我ハ飯喰ふ男かな

蔦の葉ハむかしめきたる紅葉哉

  冬の部

一疋のはね馬もなし川千鳥

貞享四卯

  春の部

よく見れは薺花咲く垣根哉

永日を囀たらぬ雲雀かな

原中やものにもつかす啼雲雀

   物皆自得

花に游ふ虻な喰ひそ友雀

   草菴

花の雲鐘は上野か淺艸か

  夏の部

杜宇啼々飛そいそかハし

   其角か母五七日追善

卯の花も母なき宿そすさましき

   岱水亭

雨おりおり思ふ事なき早苗かな

さゝれ蠏足這ひ登る清水哉

  秋の部

簑虫の音を聞に来よ草の菴

   人に米を貰ふて

世の中ハ稲苅る比か草の菴

玉川の水におほれそ女郎花

鹿嶌山の麓にて月の夜雨頻に降て月見るへくもあらさりけるに暁の空いさゝか晴ぬるを

月早し梢ハ雨を持なから

根本寺の隠室にやとる人をして深省を発せしむいひけんいさゝか清浄の心を打るに似たり

寺に寐てまこと顔なる月見かな

   鹿嶋神前

この松の実生へせし代や神の秋

苅□の田鶴の鶴や里の秋

さひしさや釘に懸たるきりきりす

  冬の部

によきによきと帆柱寒き入江かな

はやこなたへといふ露のむくらの宿ハうれたくも袖をかたしきて御とまりあれやたひ人

旅人と我名よはれんはつ時雨

ひと尾根は時雨るゝ雲か富士の雪

   参河の國池下の茶店にて

ごを燒て手拭あふる寒かな

   越人と吉田の驛に泊て

寒けれと二人旅寐そたのもしき

鳴海の驛本陣ボク言亭に泊けるに飛鳥井雅章の君都をへだててと詠てあるしに給ハりけるを見て

京まてハまた半空や雪の雲

寝覺ハ松風の里 霄月ハ夜明てから 笠寺ハ雪の降日

星崎の闇を見よとや啼千鳥

   熱田の宮御修覆なりぬ

(とぎ)直す鏡も清し雪の花

   多度權現を過るとて

宮人よ我名をちらせ落葉川

伊良古崎ハ南の海の果にて鷹のはしめてわたる所といへり伊良古鷹なと歌にも詠めりとおもへはなをあハれなる折ふし

鷹ひとつ見付てうれし伊良古崎

あまつ縄手海より吹上る風いといと寒き所なり

すくミ行や馬上に冬のかけほうし

   杜國か菴を尋て 二句

されはこそあれたきまゝの霜の宿

麦生へてよき隠家や畠むら

桑名より馬に乗て杖突坂引上るに荷鞍うちかへりて馬より落ぬ

歩行ならハ杖突坂を落馬かな

代々の賢き人々も古里ハわすれかたきものにおもほへ侍よし我今ハはしめの老も四とせ過て何事につけてもむかしのなつかしきまゝにはらからのあまたよハひかたふきて侍るも見捨かたくて初冬の空のうちしくるゝ頃より雪を重ね霜を經て師走の末伊陽の山中に至なを父母のいまそかりせはと慈愛のむかしも悲しく思ふ事のミあまたありて

古郷や臍の緒に泣としの暮

元禄元辰

  春の部

宵の年空の名残おしまんと旧友の来りて酒興しけるに元日の昼迄伏して曙見はつして

二日にもぬかりハせしな華の春

   風麦亭二句

春立て未た九日の野山かな

山里ハ萬歳遅し梅の花

阿古久曽のこゝろもしらす梅の花

   猿雖に對して

もろもろの心柳にまかすへし

枯芝や未たかけろふの一二寸

阿波の庄に新大佛といふあり此所ハ南都東大寺の聖俊乗上人の舊跡也旧友宗七宗無一人二人をさそひものしてかの地に至る仁王門鐘樓の跡ハ枯たる草の底に隠て松ものいはゝことゝはむ礎斗菫のみしてといひけんもかゝる景色に似たらん猶分入るに蓮花座獅子の坐なとハ未た苔の跡を殘せり御佛ハ後へなる岩窟に埋れてわつかに見へさせ給ふ御くし斗ハいまたつゝかもなく上人の御影を崇置たる艸堂の傍に安置したり誠にこゝらの人の力を費したる上人の御願ひいたつらになり侍ことも悲しく涙も落て物語もなしむなしき石臺にぬかつきて

丈六に陽炎高し石の上

   菩提山にて

山寺の悲しさ告よ野老(トコロ)ほり

   二葉軒

藪椿門はむくらの若葉哉

   笠寺奉納

笠寺やもらぬ窟(いわや)も春の雨

   龍尚舎に問ふ有職の人に侍らは

物の名を先問ふ萩の若葉哉

   伊賀の上野薬師寺初會

初桜折しもけふはよき日哉

咲みたす桃の中よりはつ桜

景清も花見の座には七兵衞

探丸子の忌別埜の花見催させ給ひけるにまかりて古き事なと思ひ出侍に

さまさまのこと思ひ出す桜哉

華を宿にはしめ終や廿日ほと

   笠のうらに書付侍

芳野にて桜見せうそ檜笠

   初瀬にて

春の夜やこもり人ゆかし堂の隅

   臍峠

雲雀より空に休ふ峠かな

   龍門

竜門の花や上戸の土産せん

酒呑に語らむかゝる花の滝

桜狩きとくや日々に五里六里

   よし野にて

花さかり山は日ころの朝ほらけ

しはらくハ花のうへなる月夜哉

春雨の木下にかゝる雫哉

   芳野を下る時

飯貝や雨に泊て田螺聞

   西河にて

ほろほろと山吹散か瀧の音

大和行脚の時今井桜井なと過て丹波市とかやいふ所にて日の暮かゝりけるに藤のおほつかなく咲けるを

草臥て宿かるころや藤の花

   草尾村にて

華の陰謡に似たる旅寐哉

葛城の麓を通るに四方の花にて嶺々ハ霞わたりたるあけほのゝけしきいと艶なるにかの神の見形あしゝと人の口さかなく世にいひ傳へ侍れは

猶見たし花に明行神の顔

   高野にて

父母のしきりに恋し雉子の声

  夏の部

   旅行

ひとつ脱てうしろに負ぬ夏衣

夏来ても唯一ッ葉のひとつかな

招提寺にて鑑真和尚の御影を拝し御目の盲させ給ふことを思ひつゝけて<

若葉して御目の雫拭ハはや

   須磨の浦一見の時

須磨寺にふかぬ笛聞木下闇

此あたりはひわたるほとといへるもこゝの事にや

蝸牛角ふり分よ須广明石

   明石の夜泊

蛸壺やはかなき夢を夏の月

ほとゝきす消行方や嶌ひとつ

   大坂にて或人のもとにて

杜若語るも旅のひとつかな

山崎宗鑑屋敷にて近衛殿の宗鑑か姿を見れはかきつはたと遊しけるを思ひ出てこゝろのうちにい

有かたき姿拝んかきつばた

   鳴海知足亭

杜若我に発句の思ひあり

五月雨にかくれぬものや瀬田の橋

なき人の小袖も今や土用干

   稲葉山

撞鐘も響くやうなり蝉の聲

秋芳軒宜白のまねきに應して稲葉山の松の下涼して長途の愁をなくさむほと

山陰や身を養ハむ瓜畠

またたくひ長良の川の鮎鱠

長良川に臨み鹿嶋氏か水樓にて十八樓の記あり

此あたり目に見ゆる物皆すゝし

鵜飼を見るに鵜舟も通り過るほとに歸とて

おもしろうて頓悲しき鵜舟哉

   岐阜山

城跡や古井の清水先問ん

   桑門己百亭に日ころありて

やとりせん藜の杖に成る日迄

  秋の部

   痰フ竹葉軒といふ菴を尋て

粟稗に貧しくもあらす艸の菴

花木槿裸童のかさしかな

   大曽根成就院より歸るさに

何事の見立にも似す三日の月

   鳴海の眺望

はつ秋や海も青田もひと緑

   知足弟金右衛門新宅を賀す

よき家や雀よろこふ背戸の栗

初秋中のひと日此所に游ひて青瓢の題を得て

夕顔や秋ハいろいろのふくへかな

ひよろひよろとなを露けしや女郎花

   留別

送られつ送りつ果は木曽の秋

桟やいのちをからむ蔦かつら

更科山ハ八幡といふ里より西南に横をれて冷しく高くもあらすかとかとしき岩なとも見へす唯哀ふかき山のすかたなりなくさめかねしといひけんもことはりしられてそゝろに悲しきに何故にか老たる人を捨たらんと思ふにいとゝ涙も落そひけれは

俤や姨ひとり泣月の友

   善光寺

月影や四門四宗も只ひとつ

いさよひもまた更しなの郡かな

身にしみて大根辛し秋の風

吹とはす石は淺間の野分哉

仲秋の月ハ更科の里姨捨山になくさめかねて猶あハれさの目もはなれすなから長月十三夜になりぬ

木曽の痩もまた直らぬに後の月

   画讃

西行の艸鞋もかゝれ松の露

枯枝に烏のとまりけり秋の暮

  冬の部

留守の間にあれたる神の落葉哉

御命講や油のやうな酒五升

   信濃を過るとき

雪散るや穂屋の薄の刈殘し

いさゝらハ雪見にころふ所迄

冬籠又寄りそハん此はしら

朝よさに誰まつしまそ片こゝろ

元禄二巳

  春の部

高き家にのほりて見れはの御製の有かたさを今もなを

叡慮にて賑ふ民や庭竈

   塔山旅宿にて

陽炎の我肩にたつ帋子哉

歌詠の先達多し山さくら

   留別

鮎の子の白魚送る別かな

松嶋の月心にかゝりて住る方ハ人に譲りて杉風が別埜に移るに

草の戸も住かハる代そ雛の家

千住にて舟をあかりて首途三千里のおもひ胸にふさかりて幻のちまたに離別の泪をそゝく

行春や鳥啼魚の目ハ泪

   野州室の八嶋

糸ゆふにむすひつきたるけむり哉

   田家に春の暮をおもふ

入相の鐘も聞へす春の暮

   日光山にて

あらたうと青葉若葉の日の光

岩窟に身をひそめ入て瀧の裏より見れはうらみの瀧と申傳へ侍る也

しはらくは瀧にこもるや夏の始

ほとゝきす裏見の瀧のうらおもて

那須の黒羽へ出る野にかゝりて草刈おのこになけき野飼の馬を借るちいさき者二人馬のあとしたひてはしる獨ハ小姫にて名をかさねといふ聞なれぬ名のやさしかりけれは

かさねとハ八重撫子の名なるへし

陸奥一見の桑門二人路次の篠原一見せむと云を殺生石見んといそきけるも俄に雨降り出しぬれは先此所にとゝまり候

落来るや高久の宿のほとゝきす

那須の温泉明神相殿に八幡宮を移し奉て兩神一方に拜れ給ふ

湯を結ふ誓もおなし岩清水

結ふよりはや歯に響く泉かな

   修験光明寺にて行者堂を拜す

夏山に足駄を拜む首途かな

當國雲岸寺のおくに佛頂和尚の山居のあと有石上の小庵むすひかけたりBR>

木啄も菴ハやふらす夏木立

   野中

馬草負ふ人を枝折の夏野かな

黒羽の館代より馬にて送らる此口付のおのこ短冊得させよと乞やさしき事を望侍るものかなと

野を横に馬ひきむけよほとゝきす

   殺生石

石の香や夏草赤く露暑し

清水流るゝの柳ハ芦野の里にありて田の畔に殘

田一枚植て立去るやなきかな

   奥州今の白川に出

早苗にも我色黒き日数かな

西か東か先早苗にも風の音

日数重るまゝに白河の関にかゝりて旅心定りぬ

関守の宿を水鷄に問ふものを

須賀川の驛に等窮といふものを尋て四五日とてまつ白川の關いかに越つるやと問ふに

風流のはしめやおくの田植唄

此宿の傍に大なる栗の木陰をたのみて世をいとふ僧あり橡ひらふ太山もかくやと閑に覚て

世の人の見付ぬ花や軒の栗

   信夫文字摺石

早苗とる手もとやむかししのふ摺

佐藤庄司の旧跡の古寺に義経の太刀弁慶が笈をとゝめて什物とす

笈も太刀も五月にかされ紙幟

奥州名取の郡に入て中将実方の塚ハいつくにやと尋侍れは道より一里半はかり左りの方笠嶋という所にありとおしゆ降りつゝきたる五月雨いとわりなくなく打過るに

笠嶋ハいつこ五月のぬかり道

武隈の松見せ申せ遅櫻と挙白といふものゝ餞別したりけれは

櫻より松は二木を三月越し

画工嘉右衛ヱ門といふものまつしま塩竃の所々画て贈る且組の染緒付たる草鞋餞す風流のしれもの爰に至て真実を彰す

菖蒲草足に結はん草鞋の緒

   松嶋の賦あり長文なれハ略

嶋々や千々に砕きて夏の海

松しまや夏を衣裳に夏の月

   發句して獨吟歌仙あり
   秋鴉主人の佳景に對す

山も庭にうこき入るや夏坐敷

   高館

夏艸や兵ともか夢の跡

   光堂ハ七宝散うせて

五月雨の降殘してやひかり堂

日既暮けれは村人の家を見かけてやとりを求む三日風雨あれてよしなき山中に逗留す

蚤虱馬の尿するまくらもと

   出羽の國に入尾花沢清風宅にて

涼しさを我宿にして寐まる也

眉掃を俤にして紅粉の花

這出よ飼屋か下の蟆の声

   山形領立心寺といふ山寺にて

閑さや巖にしみ入蝉の声

仙人堂岸に臨て□水みなきつて舟あやうし

五月雨をあつめて早し最上川

六月三日羽黒山に登四日本坊におゐて誹諧興行

有かたや雪を薫らす南谷

阿闍梨の需に依て三山順礼の句々短冊に書

涼しさやほの三日月の羽黒山

雲の峯いくつ崩て月の山

語られぬ湯殿にぬらす袂かな

   悼遠流天宥法師

その魂を羽黒にかへせ法の月

   新庄風流亭

水の奥氷室たつぬる柳かな

   鶴か岡重行亭

めつらしや山を出羽の初茄子

   酒田の湊不玉といふ医師の許に宿る

あつみ山や吹浦かけて夕すゝみ

   六月十五日寺島彦介亭

暑き日を海に入れたり最上川

郭公啼音やふるき硯箱

象潟の景色ハ俤松嶋にかよひて又異なり松嶌は笑ふがことく象潟ハ恨むかことしさひしさに悲しひをくはえて地勢魂をなやますに似たり

象潟の雨や西施か合歓の花

汐越や鶴脛ぬれて海涼し

夕晴や桜にすゝむ浪の花

小鯛さす柳涼しや海士か軒

酒田の除波日をかさねて鼠か関を越れは越後の地に入

文月や六日も常の夜には似す

越後の越後国出雲崎といふ所より佐渡へハ海上十八里となり初秋のうす霧立もあへすさすがに浪も高からされは唯手の上のごとく見わたさるゝ

荒海や佐渡に横たふ天の川

   新潟にて

海に降雨や恋しきうき身宿

   高田医師細川青菴にて

薬園にいつれの花を艸まくら

今日は親しらす子しらす犬もとり駒返しなといへる北國一の難所を越てつかれ侍れは枕引よせて寐たるに一間隔て表の方に若き女の声二人斗と聞ゆ年老たるおのこの声も交て物語するを聞は越後の國新潟といふ所の遊女なりし伊勢參宮するとて此關まておのこの送りて翌は古里にかえす文認てはかなき言傳なとしやる也白浪のよする汀に身をはふらかしあまのこの世をあさましう下りて定めなき契日々の業因いかにつたなしと云を聞々寝入て

ひとつ家に遊女も寐たり萩と月

   加賀の國に入道の吟

早稲の香や分入右は有礒海

金沢の一笑といふ者去年の冬早世したりとて其兄追善を催す

塚もうこけ我泣聲ハ秋の風

旅愁なくさめかねてものうき秋もやゝ至りぬれハ流石に目に見へぬ風のおとつれもいとゝかなしくなるに殘暑いまた終止まさりけれは

殘暑暫し手ことに料理す瓜茄子

   或草菴にいさなはれて

秋冷し手毎にむけや瓜茄子

   途中の吟

あかあかと日ハつれなくも秋の風

   小松といふ所にて

しほらしき名や小松吹萩すゝき

   勧水亭

ぬれて行人もおかしや雨の萩

此所太田の神社に詣実盛か甲錦のきれあり往古源氏に属せし時義朝公より給りしとかや実にも平士の物にあらす目庇より吹返し迄菊唐草の彫物金をちりはめ龍頭に鍬形打たり実盛討死の後木曾義仲願状に添て此社にこめられ侍るよし樋口の次郎か使せし事ともまのあたり縁起に見へたり

むさんやな甲の下のきりきりす

那谷寺ハ奇石さまざまに古松植ならへて萱ふきの観音堂岩の上に造りかけて殊勝の土地なり

石山の石より白し秋の風

山中の温泉に浴す其功有間に次と云

山中や菊は手折らぬ温泉の匂ひ

   桃妖の名を付て

桃の木のその葉ちらすな秋の風

曽良ハ腹を病て伊勢の長嶋といふ所に由縁あれは先達行に行々てたふれ伏とも萩の原と書置たり行ものゝ悲しひ殘るものの恨雙鳧の別て雲にまよふかことし予もまた

今日よりハ書付消さん笠の露

大聖持の城外全昌寺といふ寺にとまる猶加賀の地なり曽良も前夜此寺に泊て終夜もすから秋風聞や裏の山と殘す我も秋風を聞て衆寮に臥すけふは越前の國へと心早卒にして堂下に下る折ふし庭中の柳散れは

庭掃て出るや寺に散る柳

   天龍寺にて

門に入は蘇鉄に蘭の匂ひかな

丸岡天龍寺を出る時金沢の北枝と別に望て

物書て扇ひき裂く余波かな

淺水の橋をわたる俗にあさうつといふ清少納言の橋はとありて一条あさむつのと書る所とそ

あさむつや月見の旅の明はなれ

月見せよ玉江の芦を刈らぬ先

   湯の尾

月に名を包ミかねてや疱瘡の神

   燧か城

義仲の寐覚の山か月悲し

   氣比の明神に夜參す

月清し遊行のもてる砂の上

   敦賀に止宿十五日雨降けれは

名月や北国日和さためなき

月のミか雨に相撲もなかりけり

   鐘か崎にて

月いつこ鐘ハ沈める海の底

あの雲ハ稲つまを待たよりかな

十六日空晴たれはますをの小貝ひろはんと種の濱に遊ふ

さひしさや須广に勝たる濱の秋

浪の間や小貝にましる萩の塵

其日あらまし等栽に筆をとらせて寺に残す路通も此濱迄出むこふて美濃の国へと伴ふ駒にたすけられて大垣の荘に入如水別埜

籠居て木の実草の実拾はや

   木因亭

隠家や月と菊とに田三反

関の素牛のぬし大垣の旅店を訪ハれけるかの藤しろミさかといひけん花は宗祇のむかしに匂ひて

藤の実は俳諧にせん花の跡

   如行

痩なからわりなき菊の莟(つぼみ)かな

   如行か席上の餐興を制して

白露のさひしき味をわするゝな

斜嶺亭戸をひらけハ西に山あり伊吹といふ花にもよらす雪にもよらす唯是孤山の懐あり

そのまゝに月もそのまゝ伊吹山

長月六日になれは伊勢の遷宮拜んと又舟に乗て

蛤の二見に別行秋そ

内宮ハ事おさまりて外宮の遷宮を拝侍て

尊さに皆おし合ぬ御遷宮

   伊勢の中村といふ所にて

秋風や伊勢の墓原猶凄し

又玄か妻ものことまめやかに見へけれは彼日向守の妻髪を切て席をもうけられし事も今更に申出て

月さひよ明智か妻の噺せん

蜻蛉やとりつきかねし艸の上

  冬の部

   伊賀の山越

初時雨猿も小簑をほしけ也

   しはらく徳居ける人をなくさめて

先祝へ梅をこゝろの冬篭

   前文略

いかめしき音やあられの檜笠

長嘯の墳もめくるか鉢たゝき

何に此師走の市に行烏

風羅袖日記 

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