俳 人

横田禾月

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 仙台藩士横田始成の息女。岩間乙二の門人。初号亀丸。後剃髪して足了庵禾月と号した。

禾月 一号足了庵 奥州仙台 横田氏母

 うへひとつ総て日永き噺かな 禾月


 文政6年(1823年)7月9日、乙二は68歳で没。

 文政6年(1823年)9月、『しをに集』(亀丸編)刊。自序。

 文政8年(1825年)秋、乙二の三回忌。

垣もたぬ蕣(あさがお)に似てみとせ経し


 嘉永4年(1851年)3月15日、大坂の鼎左及び江戸の一具は松島の瑞巌寺に「芭蕉翁奧の細道松島の文」の碑を建立。



禾月の句も刻まれている。

さし汐に名をさへ涼し扇谷

安政4年(1857年)、74歳で没。

榴岡天満宮に禾月の句碑がある。



世に競べ身にくらべけり竹の露
   禾月

禾月の句

ぼちぼちと居た音すなり春の鴨


垣もたぬ蕣(あさがお)に似てみとせ経し


遊ぶ日の数へあまりていねつみぬ


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