俳 書
『韻塞』(李由・許六共編)
李由は本名河野通賢。光明遍照寺第十四世住職。 許六は本名森川百仲。彦根藩重臣。 千那は本福寺十一世住職明式。 |
韻 塞 | 李 由 選 |
十 月 |
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宿明照寺 元禄辛未于時四十有八歳 |
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当寺此平田に地をうつされてより、已に百年 |
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にを(お)よぶとかや。御堂奉加の辞に曰、竹 |
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樹密に土石老たりと。誠に木立物ふりて、殊 |
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勝に覚え侍ければ |
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芭蕉翁 |
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百年の気色を庭の落葉哉 |
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御玄豕も過て銀杏の落葉哉 | 李由 |
寒山と拾得とよるおちば掻 | 許六 |
掃おろす牛の背中の落葉哉 | 如行 |
旅 行 |
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夜の中に木の葉を聞や駕籠の屋ね | 荊口 |
神無月豆腐のうれる嵐哉 | 杉風 |
ヲハリ |
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兀山や化(ばけ)をあらはす神無月 | 素覽 |
新藁の屋ね雫や初しぐれ | 許六 |
大サカ |
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初時雨百舌鳥野の使もどつたか | 諷竹 |
蔦の葉の落た処を時雨けり | 此筋 |
蒟蒻の湯気あたゝかにしぐれ哉 | 猿雖 |
無名庵にて当座 |
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カゞ |
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流れたる雲や時雨るゝ長良山 | 北枝 |
一方は藪の手伝ふしぐれ哉 | 丈艸 |
惟然が田上の草庵に入けるに贈る |
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長サキ |
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もらぬかと先おもひつく時雨哉 | 牡年 |
水鼻にまこと見せけりおとりこし | 千那 |
同日に山三井寺の大根引 | 許六 |
木がらしにいつすがりてや雨蛙 | 正秀 |
亡人 |
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木がらしや百姓起て出る家 | 馬仏 |
我形(なり)の哀に見ゆる枯野哉 | 智月 |
亡師一周忌に手づから画像を写して、 |
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野坡に贈て、深川の什物に寄附す。 |
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鬢の霜無言の時のすがたかな | 許六 |
千那子息 |
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山寺は山椒くさき火たつかな | 角上 |
御命講や顱(あたま)のあをき新比丘尼 | 許六 |
行かゝり客に成けりえびす講 | 去来 |
明方や城をとりまく鴨の声 | 許六 |
はつゆきや払ひもあえ(へ)ずかいつぶり | 許六 |
鼻息や朝餉まつ間の江湖(ごうこ)部屋 | 許六 |
霜 月 |
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初霜に覆ひかゝるや闇の星 | 千川 |
水風呂に垢の落たるしもよ哉 | 許六 |
エド |
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霜畑やとり残されし種茄子 | 桐奚 |
同 |
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萱屋ねに霜見る朝の日和哉 | 利牛 |
綿帽子の糊をちからや冬の蝿 | 許六 |
旅 行 |
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舟あてゝきやきや氷る寝覚哉 | 杉風 |
乞食の事いふ(う)て寐る夜の雪 | 李由 |
去来が「雪の門」を題にすえ(ゑ)て、晋子に |
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句を望まれける時 |
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十四屋は海手に寒し雪の門 | 許六 |
霙降宿のしまりや蓑の夜着 | 丈艸 |
網代守宇治の駕籠舁(かき)と成にけり | 許六 |
晩方の声や砕るみそさゞい | 惟然 |
鶯に啼て見せけり鷦鷯(みそさざい) | 許六 |
杉の葉の赤ばる方や冬の暮 | 許六 |
極 月 |
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葱白く洗ひたてたるさむさ哉 | 翁 |
大髭に剃刀の飛ぶさむさかな | 許六 |
気をつけて見るほど寒し枯すゝき | 杉風 |
寒ければ寐られずねゝば猶寒し | 支考 |
物売の急になりたる寒さ哉 | 乙州 |
嫁入の門も過けり鉢たゝき | 許六 |
臘八や腹を探れば納豆汁 | 許六 |
煤の手に一歩を渡す師走哉 | 岱水 |
追鳥も山に帰るか年の暮 | 丈艸 |
ヲハリ |
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来年は来年はとて暮にけり | 露川 |
行年や多賀造宮の訴訟人 | 許六 |
行年に畳の跡や尻の形(なり) | 許六 |
示小坊主阿段 |
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訴を直に聴也節布子 | 許六 |
待春や机に揃ふ書の小口 | 浪化 |
正 月 |
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なゝ草や次手に扣く鳥の骨 | 桃隣 |
俎板に寒し薺の青雫 | 此筋 |
古猫の相伴にあふ卯杖哉 | 許六 |
寄梅恋 |
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ふり袖のちらと見えけり闇の梅 | 野坡 |
むめが香に濃花色の小袖哉 | 許六 |
深川懐旧 |
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豆腐やもむかしの顔や檐(のき)の梅 | 許六 |
かぞへ来ぬ屋敷屋敷の梅柳 | 翁 |
黒土の庚申塚や朧月 | 許六 |
朧々直に霞て明にけり | 杉風 |
春雨やはなればなれの金屏風 | 許六 |
春雨や鶯這入ル石灯籠 | 杉風 |
逢坂や鶯きかば小関越 | 尚白 |
鶯の鳴破つたる紙子かな | 許六 |
掃だめを捨かけてを(お)く春の雪 | 許六 |
二 月 |
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唐人のうしろむきたる柳かな | 許六 |
奈良にて故人と別る | 許六 |
二股にわかれ初けり鹿の角 | 翁 |
蜂の子をのがれて蝶のそだち哉 | 丈艸 |
砂川や芝にながれて鳴ひばり | 許六 |
くろき物ひとつは空の雲雀かな | 李由 |
陽炎や足もとにつく戻駕籠 | 去来 |
かげろふや破風の瓦の如意宝珠 | 許六 |
雀子と声鳴かはす鼠の巣 | 翁 |
題余寒 |
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灸の点干ぬ間も寒し春の風 | 許六 |
苗代やうれし顔にもなく蛙 | 許六 |
菜の花を身うちにつけてなく蛙 | 李由 |
菜の花や豆の粉食(めし)の昼げしき | 許六 |
三 月 |
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芳野山又ちる方に花めぐり | 去来 |
五斗の米の為に腰を折に懶(ものう)し |
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年ン年ンに猶いそがしや花盛 | 許六 |
遊五老井 |
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花の山常にながるゝ井戸ひとつ | 諷竹 |
茶のはりにそしつて散や山桜 | 許六 |
春の夜は桜に明て仕廻けり | 翁 |
草餅にいな振舞や鯲(どぢやう)汁 | 土芳 |
松原に風を残して塩干哉 | 風国 |
出替や出がはり跡の物淋し | 許六 |
懺法のあはれ過たる日の永さ | 許六 |
難波の諷竹、之道といひける時、しばらく行 |
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脚の頭陀をとゞめて、又美濃の方へも趣むと |
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申ければ、 |
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紬きる客に取つけ木瓜の花 | 許六 |
藤の花さすや茶摘の荷ひ籠 | 許六 |
ゆく春に佐渡や越後の鳥曇 | 許六 |
四 月 |
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上ひとつ脱で大工のころまがへ | 許六 |
風の日は何にかたよる杜宇 | 杉風 |
遊長命寺 |
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笋の鮓を啼出せほとゝぎす | 丈艸 |
蝋燭にしづまりかへるぼたんかな | 許六 |
兄弟が顔見合すや蜀魂 | 去来 |
大津に住侍る頃、勢田にてはつねを聞て |
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ほとゝぎす勢田は鰻の自慢哉 | 許六 |
信濃・上野を過、むさしの地にいりて |
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芥子の花を見る。「馬頭初見米嚢花」 |
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といふ句の力を得たり。 |
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熊谷の堤あがればけしの花 | 許六 |
白川の関こえける時、竹田の大夫装 |
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束つくろひける事おもひ出て |
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卯の花をかざしに関の晴着かな | 曽良 |
仏法を裸にしたる産湯哉 | 許六 |
日あたりや紺屋のうらの杜若 | 許六 |
竹の子に身をする猫のたはれ哉 | 許六 |
五 月 |
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夕だちのかしら入たる梅雨哉 | 丈草 |
五月雨や蚕わづらふ桑ばたけ | 翁 |
許六が東武に趣くと聞て申送る |
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猫の手も江戸拵(ごしらへ)や夏ごろも | 李由 |
東武吟行のころ、美濃路より李由が |
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許へ文のを(お)とづれに |
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ひるがほに昼寐せうもの床の山 | 翁 |
昼顔の果も見えけりところてむ(ん) | 許六 |
見物の火にはぐれたる歩行鵜(かちう)哉 | 去来 |
涼風や青田のうへの雲の影 | 許六 |
胴亀や昨日植たる田の濁り | 許六 |
宇治川の螢は、昔日三位入道の亡魂なりとい |
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ひつたふ。今の世は |
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かしこさに合戦なしに飛螢 | 許六 |
六 月 |
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有難き時代(ときよ)にあふや土用干 | 杉風 |
許六亡父 |
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内張の銭の暑さや土用干 | 理性軒 |
八十に余る老祖父、子孫の栄ゆくにつけて、 |
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はやく死たしとばかり、願はれける。 |
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一竿は死装束や土用ぼし | 許六 |
暮待や藪のひかへの雲の峯 | 去来 |
木曽路 |
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棧やあぶなげもなし蝉の声 | 許六 |
あつみ山吹浦かけて夕すゞみ | 翁 |
山伏の髪すきたてゝ夕すゞみ | 許六 |
長サキ |
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あげ苫に涼むばかりぞ向ふ風 | 魯町 |
サガ |
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すずしさや松の葉越の破風造 | 野明 |
長サキ |
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爪紅の濡色動く清水哉 | 卯七 |
いそがしきから臼踏の団かな | 許六 |
旅 行 |
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涼風や峠に足をふみかける | 許六 |
川越や蚤にわかるゝ横田川 | 彫棠 |
宿山中 | |
蚤虱馬の尿するまくらもと | 翁 |
七 月 |
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動きなき岩撫子や星の床 | 曽良 |
けふ星の賀にあふ花や女郎花 | 杉風 |
むかし此日家隆卿、「七そじなゝの」と詠じ |
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給ふは、みづからを祝ふなるべし。今我母の |
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よはひのあひにあふ事をことぶきて、猶九そ |
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じあまり九つの重陽をも、かさねまほしくお |
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もふ事しかなり。 |
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めでたさや星の一夜も朝顔も | 素堂 |
かさゝぎの橋や絵入の百人一首 | 許六 |
動きなき岩撫子や星の床 | 曽良 |
初秋や帷子ごしにかゝる雨 | 毛ガン |
(※「糸」+「丸」) |
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あさがほのうらを見せけり風の秋 | 許六 |
作り木の糸をゆるすや秋のかぜ | 嵐雪 |
宇津の山を過ぐ | |
十団子(とをだご)も小粒になりぬ秋の風 | 許六 |
同じ頃島田・金谷の送火に感をます |
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聖霊にならで越けり大井川 | 許六 |
追 憶 |
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玉棚の奥なつかしや親の顔 | 去来 |
そなへ物名は何々ぞ魂まつり | 卓袋 |
ミノ |
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蜻蛉のつつとぬけたる廊下哉 | 斜嶺 |
裸身に麻の匂ひやすまひ取 | 許六 |
訪艸庵 |
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秋さびし手毎にむけや瓜茄子 | 翁 |
八 月 |
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八朔に酢のきゝ過る膾かな | 許六 |
名月のこれもめぐみや菜大根 | 許六 |
いざよひや有馬を出てかへる人 | 許六 |
イセ |
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松茸や囲炉裏の中に植て見る | 団友 |
くるゝほどばせをにひゞく虫の声 | 許六 |
稲刈の其田の端やこき所 | 許六 |
亡母年回追悼 |
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同年の尼くづを(ほ)れて袖の露 | 李由 |
おなじく供養に詣て |
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唐がらし菜摘水汲法の人 | 許六 |
大きなる家ほど秋のゆふべかな | 許六 |
世の中を這入かねてや蛇の穴 | 惟然 |
孟耶観の夜話 |
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夜ばなしの長さを行ばどこの山 | 丈草 |
九 月 |
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加州山中の重陽 | |
山中や菊は手をらぬ湯の匂ひ | 翁 |
桟や命をからむ蔦もみぢ | 翁 |
遊五老井 二句 |
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早咲の得手を桜の紅葉哉 | 丈草 |
あを空や手ざしもならず秋の水 | 仝 |
題十三夜 |
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月影やこゝ住よしの佃島 | 其角 |
小男鹿やころびうつたる蕎麦畠 | 許六 |
帰り来る魚のすみかや崩れ簗 | 丈草 |
自画自賛 二句 |
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白雁や野馬をを(お)ど(ママ)す草の露 | 許六 |
落雁の声のかさなる夜寒哉 | 仝 |
訪郷里旧友 |
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病人と鉦木(しゆもく)に寐たる夜さむ哉 | 丈草 |
磯際の波に鳴入いとゞかな | 惟然 |
のびのびて衰ふ菊や秋の暮 | 許六 |
閏 月 |
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彼 岸 |
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百姓の娘の出たつひがんかな | 許六 |
土 用 |
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おぼつかな土用の入の人ごゝろ | 杉風 |
半夏生 |
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半夏水や野菜のきれる竹生嶋 | 許六 |
寒 |
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月花の愚に針たてん寒の入 | 翁 |
立 春 |
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春立や歯朶にとゞまる神矢の根 | 許六 |
堰@塞 | 許 六 選 |
五老井記 霊泉あり。水のたゝゆる事纔に尺あまりにして、三尺の盆池より流れ出る事、潺々滔々たり五老井と名づく。別墅をひらきて五老菴を結ぶ。主人姓は森、名は許六、みづから五老井居士と潜す。 |
元禄壬申冬十月三日許六亭興行 |
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けふはかり人もとしよれ初時雨 | ばせを |
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野は仕付たる麦のあら土 | 許六 |
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油実を売む小粒の吟味して | 洒堂 |
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汁の煮(にえ)たつ秋の風はな | 岱水 |
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宿の月奥へ入ほど古畳 | 嵐蘭 |
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先工夫する蚊屋の釣やう | 筆 |
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参 吟 |
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秋もはや鴈ンおり揃ふ寒さ哉 | 野坡 |
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藁を見てからかゝる屋普請 | 許六 |
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暮の月宿へはい(ひ)れば草臥て | 利牛 |
木曽路を経て旧里にかへる人は、森川氏許六と云ふ。古しへより風雅に情ある人々は、後に笈をかけ、草鞋に足をいため、破笠に霜露をいとふ(う)て、を(お)のれが心をせめて物の実をしる事をよろこべり。今仕官おほやけの為には、長釼(劔)を腰にはさみ乗かけの後に鑓をもたせ、歩行若党の黒き羽織のもすそは風にひるがへしたるありさま、此人の本意にはあるべからず。 |
椎の花の心にも似よ木曽の旅 | ばせを |
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うき人の旅にも習へ木曽の蝿 | 同 |
両句一句に決定(けつじやう)すべきよし申されけれど、今滅後の形見にふたつながらならべ侍る。 |
戯に扇の形を図して 其中に題す |
餞許六 |
枇杷の大つの扇の風を、生の松原によせられけむ、折からの贈別におもひあはせて、何かよせむとたはむれの狂句に、「別るゝや我は扇に絵をこのむ」と、主人翫掌のしは(わ)ざをせめて、一日は画、一夜は俳諧に明たり。 |
木曽路とや涼しき味をしられたり
晋其角 |
元禄六夏四月 |
甲路記(紀)行 五十年の行脚に一点の難も蒙らぬは西上人独(ひとり)の上也。蘇氏八州の逆旅は、皆不平の上の流浪也。古人は是なるも非なるも共に風雅の境を出ずして、万古の情を述たり。我雲水の客となる事二十年、ある時は不破・清見が明月に鞭をあげ、士峯の雲に顔(かんばせ)をあふぐ事五たび、又むさし・かむづけを経て、碓氷の雪にまよひ、木曽の若葉を分入事已に六度に及。東西南北に奔走する事合て十一度也。水村山郭、木のふり、石のたゝずまひ、前後左右はまのあたりにおぼえぬ。明朝趣むとする道は、甲斐の猿橋を渡て上の諏訪にかゝり、又もや木曽の川音のゆかしきに枕を支むと、灯火に先達の紀行を披(ひら)きて、名所の和歌、古戦場の由来をとゞめて旅行の嚢に収め、足袋・はゞきの破を補ひ、竹杖の節をおろして枕の上にかけたり。我むつましき翁に別れ、行末覚束なく心細き身に成行空に、蜀魂の一声も尋常ならず、月落鳥(烏)啼て、やゝ市に行人の足音は已に首途をすゝめぬ。明れば五月六日、武江の館を退。 卯の花に蘆毛の馬の夜明哉 日々の文章は、去ぬる記(紀)行にゆづりて筆をとゞむ。猶名所ところどころの句共おほくは前輩の集に出れば、これをももらす。しかはあれど、旅の情のお(を)かしきをあつめ、たはぶれに賦作り、旅すく翁のなぐさめに書あつめて草庵へおくる。今ついでよければ、亡師のかた見の一烈(列)にこれをしるす。 |