紀行・日記

『二度の笠』(風石編)


 明和8年(1771年)4月の末、木兎坊風石は奥羽行脚に旅立つ。12月28日、帰郷。

 安永3年(1774年)3月の中頃、木兎坊風石は象潟行脚に赴く。酒田の百和子のもとで越年。

 安永4年(1775年)9月、六林序。自跋。

 木兎坊風石は横井也有の門人。尾張藩士。蝙蝠庵六林は也有の長年の知友堀田六林。

   始て行脚の御前書有て
  蘿隠士

蒲団借すぬしたにあらは花の宿

  身軽に出たつ乙鳥の旅
   木兎

板橋に霜の別れのいろ見せて
   文樵

   古郷の親友の別れにかれこれとと
   ゝめられ卯月の末に発杖す、時に

さそたのむ蔭は有へし夏木たち
  蘿隠士

   方々の送別あれともしけきゆへ略
   之

   熱田にて

松風の門を離れてあふきかな
   木兎

   鳴海なる蝶羅子にやとる

星崎を問へは卯の花曇りけり
   同

   三河なる八橋にて

水は今も蜘手に行かかきつはた
   同

   天龍にて
   西上人の事をおもひ出て

明の空水鶏の叩く音もなし
   同

   小夜の中山

夜啼とは石にも聞つほとゝきす
   同

   大井川

五月雨におもひ過しや大井河
   同

   宇津の山

若葉して猶細道そうつの山
   同

   富士の裾野近きあたり

雪もちとこほれよ富士の青あらし
   同

   箱根の麓初音か原

うくひすや初音か原に老の夏
   同

   五月末、東都に至り雪中庵に休杖
   せしに、旅のつかれにや、心地常
   ならす、庵主の情ふかく幾日数を
   かさねて

たのみあり緑樹の蔭に羽ぬけ鳥
   同

   ある日隅田川へいさなわれて

やかて散るしるしの柳又あはれ
   同

   あさ瓜や市の庵の浅くともと、と
   ゝめられしもこゝろよくて、松島
   の首途を見はやすとて

風薫る沈香の許香に先やとれ
   蓼太

  身を萍の流よる時
   木兎

   東都の人々送別あれともしけけれ
   は略之

   水無月末東都を出る、栗橋の御関
   所を行て出水はとね川之渡し守人
   に句を請れて

竿に散る露も手元に秋ちかし
   同

   こゆれは下野也、日光に奉詣て

茂り木や露もこかねの雨あかり
   同

   那須の殺生石

撫子やうしろめたくも石の例
   同

   湯泉大明神奉納

清水にも増りて神の泉かな
   同

   芦野にて

夏もはやしはしとなりぬ柳かけ
   同

   程なく奥州に入、伊達の関

爰を関と見よとや花の靫くさ
   同

   忍ふ摺へは水月七日に行合せ

文字摺や今宵は星の手向にも
   同

   安達ヶ原

黒塚や糸繰虫も秋のくれ
   同

   かたひら村といふ所に山の井有

山の井や覗けは草に虫の声
   同

月に日よ二木の松に秋の暮
   同

   笠島の道祖神へ願かけてまくらを
   あくるよし、行脚の身を願ひて

みちひかせたまへ千種の花枕
   同

此あたりみなかたみなるすゝきかな
   同

   実方の像

かつらともなる君あるを塚の露
   同

埋み木の煙や霧の名取川
   同

   仙台の城山は青葉山とそ

山の錦是も青葉の栄より
   同

   洛の諸九尼、国にて約せしことく
   仏城府にて再会す

小車の廻りあひ鳧旅の友
   同

宮城野や萩のにしきの折もよし
   同

   是より聊の事とも多し略之

碑や仮名にみたるゝ薄原
   同

玉川や群むく鳥もちとりかと
   同

ゆふ霧もすえの松山越す波か
   同

沖の石かわく隙あり秋日和
   同

皆遊ふ一葉の舟かちかの浦
   同

塩かまに拝やぬさの薄紅葉

   ちかの浦より松島へ海上二里、折
   しも荒く雲の立さはく日なりけれは

松島やかはらぬ中に秋の空
   同

   亦留の観音より打こして高館へと
   志す、柳の御所を尋るに草刈おの
   この着せるものをとふ

桑袴露のむかしやまくさ刈
   同

朝霧の奥に物ありひかり堂
   同

   金成といへる宿に暫逗留、仙台よ
   り此所迄淇園といへる同行有、洛
   の人のよし、此郷を出て尿前なる
   唯山氏に一宿す

鹿は嘸聞む今宵の枕もと
   同

   良夜は尾花沢にやとり来て

名月や寝るも心の尾花沢
   同

   十六宵は大沼なる鸞窓翁のもとに
   至る、蘿隠翁の咫尺なれはと、一
   入情もふかゝりし、沼へ誘引れて

浮島やとちらを月の真正面
   同

   翁に再会の約をなし、象潟行脚を
   おもひとゝまり古郷の方へおもむく

初雁や我はけふから帰足
   同

   根際といへる在所、山明子なと尋
   ねとまりて山形へ出、笹屋峠を越
   ゆ、此所うやむやの関といふよし
   さたかならす、関根川崎なといさ
   この常照寺は同国のちなみあり
   て、遣ひはこせし路用等無心いふ
   て出ぬ、川崎には伊達の別家あ
   り、再会を約すの前書ありて

年毎に鳥はわたれと其人は
   陽十

  わすれぬ道にいろかえぬ松
   木兎

   砂の柳歌子にともなはれて、仙台
   の御祭礼を見物して袖を分つ、常
   陸の桜川にて

忘れ咲もしは散らぬか桜川
   同

   筑波山に登り

つくはねと見はや木の葉も皆の川
   同

   下総の阿誰子になかくとゝめられ
   て、冬着の調度なと心ふかゝりし

袖に置雪も真綿の引わかれ
   同

   師走廿八日、古郷に着、熱田にて

宮奴も出て拍子や年の市
   同

   其さまにて蘿隠君をうかゝひ、さそ
   たのむ陰は有へし、の心を

あら尊と雪に常磐の陰そ猶
   同

   前書ありて此返し

行年やわかれた人に逢ふもけふ
  蘿隠士

   古郷の親友句有略之



  辰年

松島のこゝろ爰にあり門飾
木兎

   亦此冬おもひ立て象潟北越の行脚
   におもむく、美濃帆引といへるに一
   和翁といへる有、此所に春をむか
   ふ

  午とし

   象潟行脚を見はやすとて

旅の笠慕ふ乙鳥やとこまても
   僧 一和

   弥生の中頃、帆引より東都へ趣く、
   前年の吟あれは、道をはやめて東
   都に至り、親友を尋ねめくりて



とへは扨皆花ならぬ門もなし
 木兎

   下総の阿誰子身まかりなから岡漸
   江子もかねて再会の約深けれは訪
   ふ、亦阿誰子、生涯謡を好み給へ
   は、ひと日菩提寺へ行て

蝉の声は外百番の梢かな
 木兎

またひとつ坂をかゝへて暑さ
   関宿境 漸江



   額田なる三日坊、五峯行脚に委敷
   宗匠なれは、数日の逗留も旧里の
   親しきおもひあり、はいかい略之

とまれとの今宵そ嬉し合歓の花
 木兎

  あふく蚊やりも細き草の戸
三日坊

ひとり来て男のうへる山田哉
三日坊

蝙蝠や闇の雨戸の放し鳥
 浮来

   奥州須賀川、桃祖子は松島の往来
   又此夏杖を休めて数日の会、略

萍や馴染の岸もあれはある
 木兎

いつもかはらて涼し月影
 桃祖

火の付ぬ草煙の揃ふ田うへかな
   スカ川 桃祖

星の名を覚て戻るすゝみかな
 雨考



   是より仙台行脚、橋居坊門道にて柳
   津虚空蔵へ参詣して、奥の院といふ
   寺一志子に宿る、俳諧略

すゝしさも弥増り鳧おくの院
 木兎

  茂りはかりは有合す宿
 一志

   虚空蔵法楽舞台有て景地也

雨の空も尊ふき夏の願ひ哉
 木兎

川風はこんな物かとすゝみかな
 一志



無ひ袖を子にはふらせる踊かな
仙台行脚橋居坊

   文月朔日に柳津を出て

今朝の秋また清水には汲しらす
 木兎



   又里鶴子同道にて会津小田附巨石子
   を訪ふ、国へ行脚せし人にて外ならす

我も一夜宿かる里の今宵哉
 木兎

  願ひの糸を結ふ笠の緒
 巨石

野々宮の注連はほつれて鳴子哉
 巨石

跡からも散るほと咲ぬ萩の花
 如髪



   出羽の米沢へ志す、大塩村といふ有、
   此所谷川に塩水出て是を焼くよし、海
   辺三十里程より近きはなし也

大しほや末は何国の落し水
 木兎

   米府にて何国もかわらぬ有さまを

青物に露の哀や盆の市
 木兎



   同最上山寺にいたる、祖翁の吟有

蜩やその静さもいかはかり
 木兎

   同大沼山主鸞窓子に至る、下野国行
   脚箕渓といへる人と落合て

転ひ合ふ枕や草も花の時
 木兎

  よきかけたのむ此月の宿
 箕渓

折敷きてぬる夜忘れな萩の宿
 鸞窓

  月の光りを結ふ下露
 箕渓

踊から初恋の名を立られて
 木兎

   箕渓のぬし、象潟迄同道せんと打連
   出る、地名忘れたり、丁々舎に笠を
   脱

木啄の音やすく聞やとり哉
 同

  預る笠のかけもゆふ月
 守株

行秋やおゝいおゝいと花すゝき
同最上大沼 鸞窓

来ぬ人を壁に囁く夜寒哉
   同根際 山明

明月や人はかよはぬ清水にも
   同 守株

   吉川の雲和子は留主なから岡何某の深
   切にて、湯殿山梺志津の名主十兵衛とい
   ふもとに八月朔にとまる

八朔や梺におかむ月の山
 木兎

   右の人祖翁の句塚を建置たり、湯殿山へ
   行事、深切の事とも筆につくしかたし

けふそ霧晴れて入る也浄土門
 同

   羽黒へは三日坊枝折有て、月坊といふ人
   のもとにとまる

三日月のかけや羽黒の初紅葉
 同

   大僧正行尊の塚あり

知る人となりて手向む草の花
 同

   庄内鶴岡連衆留主にて逢す、鸞窓子よ
   り枝折有て、酒田なる桜士子に笠を脱
   く

柴の戸に曳影嬉し月の友 主人

  荻萩薄それそれの露
 箕渓

若殿は落鮎に鵜をつかはせて
 木兎

   同道してきさかたにおもむく

吹浦や我もふかれて初あらし
 同

   象潟なる湖南子に久しく逗留して、先
   雨後の眺望、翁の吟を思ひ合て

秋の雨きさかたにおもふ花もかな
 同

   中秋は殊更の晴光なり

蚶潟に何かから見んけふの月
 同

   十六宵は酒田にかへり、百和子のもと
   に休杖す、旬日程ある内竹理観にむか
   えられて



   尾の木兎叟、去年の秋より市中庵にと
   ゝめまいらせしか、早一とせはかりに
   近けれはと、今や帰郷の心動かせ給へ
   は、連中余波を惜事のへかたし

此軒に又こそ待むあやめ草
 百和

  それに水鶏も叩く友鳥
 木兎



   皐月十一日は袖の浦を舟にて送られて
   各詠さまさま略す、庵を出るとて

首途の今朝とや花も立葵
 木兎



   同所可友子熱海に湯治を誘ふ

温泉の山やいとゝ君の不行儀も
 木兎

  近き清水を先つと饗応
 可友

   出羽の名残なれは

風の香も跡へ引く気や鼠が関
 同



   此所俳事多く、以文子始其外深切によ
   り新潟まて舟にておくられし事、繁ゆ
   へ略之



   出雲崎には国の暁台も行脚也とかねて
   聞しも、佐渡へ渡りしとて逢す

雲のみね浪にもよせるなかめ哉
 木兎

  日もおちかたに薫り来る
 以南



   越中なる四十八か瀬を七夕にこゆる

星今宵一瀬は早きわたり哉
 木兎



   くりから峠といふ有、越中加賀の境也、
   一騎打にて

雁はまたか我は今越す一騎打
 木兎

   聞へし、津幡の見風子を訪ひて盆中の
   喧しき此果物にてしのきける、俳諧略
   之、まことに逸人也

ゆふ暮や盆となりける町つゝき
 同



   安宅

峰入や今は咎むる関もなし
 木兎

   篠原

しの原の土にはあらし草の露
 同



   丸岡の梨一翁甚尊き人にて、数日の
   名こり尽かたくおもふ也

より添ひもよく笠脱ぬ萩の本
 木兎

  せめて月あり菊の家の水
 梨一



   関ヶ原にとまり、明れは養老の滝に至
   る

菊水や実幾秋を汲みてしる
 木兎

養老や松もむかしの色ならん
 同

   帆引の里一和翁、津島の木吾子にや
   とりて吟詠略之、旧里に至り先其儘に
   て、半掃御庵をうかゝひ

帰り来て其面此もや田面の日
 同

過つる巳の年の春、東北の行脚に別れし木兎坊、此中秋にかへり来て笠とりあへす草の戸を敲く、長き旅寝の恙なきを賀し、老の命つれなくてくらけのほねにあふ事をよろこひ、何くれとくつしおる物語も三とせの積なれは、いと果なし、誰はかくありかれはなき人なり、なと泣て笑ひてかたらふ程に夜もいたうふけぬ

庵一夜咄にやつる虫の声
   半掃庵

   かそふる鐘も月の縁先
   木兎

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