2019年福 岡

森鴎外の文学碑〜小倉城〜
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小倉市街から鴎外橋を渡ると、森鴎外の文学碑がある。

 文豪森鴎外は明治32年6月から35年3月まで約2年10カ月、陸軍第十二師団軍医部長として小倉に滞在しました。

 この碑は鴎外生誕百年を記念して建立されたものです。デザインはかつて常盤橋のたもとにあり、鴎外の小説「独身」にも記される広告塔にならったものです。

 文学碑には、小説「鶏」「独身」「二人の友」の小倉三部作ほか、随筆「我をして九州の富人たらしめば」と「小倉日記」の各一節が刻まれています。

森鴎外の文学碑


昭和37年(1962年)12月、建立。

翌日も雨が降ってゐる

鍛冶町に借家があるといふのを見に行く

「鶏」より

常磐橋の袂に円い柱が立つてゐる

これに廣告を貼り附けるのである

「独身」より

私は豊前の小倉に足かけ四年ゐた

「二人の友」より

我をして九州の富人たらしめば

いかなることをか為すべき

こは屡々わが念頭に起りし問題なり

「我をして九州の富人たらしめば」より

明治三十四年九月四日

夕 常磐橋上所見 稲妻を遮る雲のいろの濃き

夜 雷雨

「小倉日記」より

小倉城庭園から見た小倉城


小倉城本丸跡に第十二師団司令部があった。

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