昭和11年(1936年)6月20日、吉井勇は博多に着き、10日余り滞在した。 |
玄海の風にふかれて飛ぶごとき仙崖の字はおもしろきかな きほひ立ち祇園山笠揉み進む博多莊士(わくご)の夏もちかづく
『天 彦』 |
七月十日 小集 福岡、渡辺満峰居 水蓮の蕾水切り半ばなり 庭滝の流れに蛙鳴きゐたり 飾山笠見る約束に集ひけり 同日 午後博多櫛田神社参詣、山笠を見る 片山片々子 居にて句会 飾山笠木々抽んでて建てらるゝ 一と通り飾山笠見て行くとせん 子も赤きふどしあらはに山笠法被 |
日本三大祇園まつりのひとつと称えられる博多祇園山笠には諸説ありますが、一般的には、祇園会の祭典と、仁治2年(1241年)承天寺の開山聖一国師が博多津中の人々が担ぐ施餓鬼棚に乗って甘露水(祈祷水)をまいて疫病を鎮めた故事があいまったことが起源とされています。 舁き山笠は10日から動きはじめ15日の追い山笠をもってその頂点に達します。山笠期間中市内に設けられる10本余の飾り山笠が静的は美と称えられれば、走る舁き山笠は勇壮な動的な美として誇るにたる博多固有の夏祭りといえましょう。 なお飾り山笠の題材には古来日本歴史の勇壮な場面やお伽噺などがとられています。 |
病人に一人の時間水中花 祭見の心の隅に去らぬこと 恙夫(つつがつま)忘れがちにも山笠を見に 追山笠へ寐過ごせぬ旅それもよく
『汀子第二句集』 |