三国湊で最も古い寺院の一つ。かつてはヤブツバキが茂り、椿寺と呼ばれた。新義真言宗智山派、本尊は薬師如来。開山宗信上人が延文元年(1356年)宿浦に創建。二世空信上人のとき、この地に移る。越前主朝倉氏、福井藩主代々の祈祷所として崇められる。 境内には、国重要文化財の地蔵菩薩像をはじめ、三国湊を代表する豪商森田家墓所や韃靼漂流者供養碑などの湊の歴史を語るものが多く伝わる。 |
森田愛子は大正6年(1917年)三国町下真砂に生まれる。父は森田三郎右衛門、母は田中よし。昭和9年(1934年)県立三国高等女学校卒業。同15年、鎌倉市で療養中、伊藤柏翠と出会い、俳句を始める。M虚子・伊藤柏翠に俳句を学び、幾多の名句を残す。虚子の名作「虹」の主人公。 紅梅の花いっぱいに蕊ひらき 愛子 昭和16年2月、鎌倉市寿福寺での作。昭和22年(1947年)4月1日逝去。性海寺森田家墓所に葬られる。 |
詩人、清水健次郎は明治40年(1907年)兵庫県淡路島に生まれる。旧姓は城越、昭和2年(1927年)より17年余、県立三国高等女学校に英語科教師として勤務。19年初秋、淡路に帰郷。「関西四季の会」に属して詩作をつづけ、詩集8冊刊行。 この碑に刻まれた詩は、昭和19年(1944年)早春に急逝した妻志津子(性海寺清水家墓地に葬る)と、同20年淡路で亡くなった末女アユ子を偲んで作った詩の一部である。作者が自書したものを教え子達の尽力で平成元年(1989年)に建立された。 平成12年(2000年)10月23日没。行年94才。 |