「にきたつの道」は、道後湯之町と人々をつなぐ道です。額田王が歌に詠んだ「にきたつ」の言葉の通り、海に続く道でもありました。早朝、籠一杯の魚を天秤棒に担いだ男、三津浜に上がった湯治客がこの道を温泉に向かいました。辺りの農家から運ばれる野菜や花、土ほこりをたて、荷車や馬車が行きかいました。道沿いの川の流れは休むことなく、子供達は魚採りに夢中、染物屋が反物を晒す光景も見られたものです。川に沿う家々には石の橋がかかっていました。待合、長家、畳屋や石屋、大工さんの家、湯之町に近いところには「市場」と呼ばれる氷屋、魚屋、肉屋、駄菓子屋など暮らしに結びついた店が並んでいました。そのような町の暮らし・家のたたずまいは今もまだ「にきたつの道」にうかがうことができます。町は人々と共に生き、風景は変ぼうします。この道の外れからさえぎるものなく城山が迫り、田園が広がっていたときを浮かべてください。そしてまた、「にきたつの道」は新たな風景を創ろうとしています。しかし、古代から変わることのないのは、道後温泉と人々を結びつける道であることです。 |
水口酒造は、道後温泉本館が上棟される前年、明治28年(1895年)、初代水口政太郎が造り酒屋を開業したことに始まる。現在の建物は大正6年(1917年)に棟上された店舗兼用住宅であり、建具等に変更はあるものの、構造躯体は建築当初のまま残されている。 外観は漆喰塗りの腰羽目板張り、真壁造で柱や貫を現しとする。2階の建ちが高く、洋風の丸窓を備えるなど、大正期らしい自由な雰囲気にあふれる。 |
道後 温泉の町を 取り巻く 柿の小山哉 |