四国霊場第64番札所石鉄(いしづち)金色院前神寺は、桓武天皇の勅願により建立され、明治初期までは現在の石鎚神社の位置にありましたが、新政府の神仏分離政策により廃寺となりました。その後、明治11年現在地にかろうじて「前上寺」の名前で再興が許され、元の「前神寺」の呼称が許されたのは明治22年でした。ここは石鉄山東の遥拝所で、石鎚派修験道の本山として全国に30万人を越す信徒を抱えています。
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坂村真民の詩碑があった。

念ずれば花ひらく
一茶の句碑

御百度や花より出て花尓入
寛政7年(1795年)2月20日、一茶は実報寺の桜を見に訪れた後、前神寺で詠まれた句である。『西国紀行』の余白書込に「神前(前神)寺 御百度や花より出て花に入」とある。
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十九日、波止浜を出て六里、中村に泊る。明日、村より十丁程、実報寺の桜見にまかるに、今を盛なれば、壱樹(ひとき)ざくらと云。
遠山と見しは是也花一木
並桜遥拝す人をてらす哉
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昭和56年(1981年)12月. 建立。
西条市の俳人坂田弘子の句碑もあるが、よく読めなかった。
白象の句碑

石鎚の麓の寺の秋遍路
白象は高野山真言宗管長森寛紹の俳号。愛媛県重信町(現:東温市)出身。高浜虚子に師事。
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大師堂

前神寺本堂

役行者小角の開基。
真言宗石鉄派の総本山である。
JR予讃線石鎚山駅

伊予氷見駅へ。
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