昭和55年(1980年)11月15日、森寛紹は高野山真言宗総本山金剛峯寺第四百六世座主となる。 |
昭和59年(1984年)11月、建立。
森白象師は明治32年重信町大字牛渕に生まれ、若くして仏門に入る。本名寛紹。白象は俳号。「仏の道も俳句の道も、誠を求めることで相通じる」と、虚子を師に俳句に精進し、昭和24年ホトトギス同人・俳句協会評議員になられた。
この句は、高野山から故郷に思いをはせ作られたものである。
師は現在、高野山真言宗管長・金剛峯寺座主で、この度の弘法大師ご入定千百五十年ご遠忌を奉修された。
ここに名誉町民、森寛紹猊下を敬慕する町内外の有志により、当句碑を建立する。
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