しほひがた隣の国へつゞきけり | 子規 |
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釣鐘のうなる許に野分かな | 漱石 |
子規の句は『寒山落木』に所収のもの。この地の対岸である広島で詠まれたものであるが、松山と風早の郡境に相応しい句として選ばれたのであろう。 漱石の句は、明治39年(1906年)10月、松根東洋城宛ての手紙に書いた作品として『漱石全集第二十三巻』(岩波書店版)に所収されている。 いずれの句も自筆。
松山市教育委員会 |
漱石の句は、新居浜市の合田氏宅の子規と漱石の二句一基の句碑にも刻まれている。 |
JR予讃線粟井坂トンネルの上に残る細い道が昔の街道で、この山越えの道が「粟井坂」と呼ばれる本来の場所であった。 粟井坂大師堂には、村上壷天子書の「涼しさや馬も海向く粟井坂」が建てられていたが、『寒山落木』に所収されている原句が「淡井阪」となっていることから、これに忠実にするため、昭和52年1月に改めてこの句碑が建立され、古い句碑は大師堂の右奥に移された。
松山市教育委員会 |