牧水歌碑

古川町

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飛騨市古川町壱之町に若山牧水の歌碑があるというので、行ってみた。


広場の片隅に若山牧水の歌碑があった。


ゆきくれてひと夜を宿るひだのくに古川の町に時雨ふるなり

碑陰の撰文

歌人若山牧水は大正10年10月白骨温泉より平湯峠を越えて飛弾に入り、20日福田夕咲と共に野口の簗に遊び、その夜当町一之町料亭杵寅で地元の歌人らと酒を酌みかわす。牧水・夕咲は早稲田大学同期生の詩友であった。幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく 旅の歌人 自然詩人の牧水(1885−1928)は歌集『別離』を25歳で上梓。43歳、沼津に永眠した。古川の時雨と鮎6首を詠んだのは36歳であった。

荒垣 秀雄 書
   昭和49年5月建之
古川町観光協会

『山桜の歌』にはない。

野口の簗
そのすゑ神通川に落つる飛騨の宮川は鮎を以て聞ゆ、雨そぼ降る中を野口の簗といふに遊びて。

時雨ふる野口の簗の小屋にこもり落ちくる鮎を待てばさびしき
たそがれの小暗き闇に時雨降り簗にしらじら落つる鮎おほし
簗の簀の古りてあやふしわがあたり鮎しらじらと飛び躍りつつ
かき撓み白う光りて流れ落つる浪よりとびて跳ぬる鮎これ
おほきなる鯉落ちたりとおらび寄る時雨降る夜の簗のかがり火

『山桜の歌』

 明治36年(1903年)、荒垣秀雄は神岡町に生まれる。昭和21年から17年6ヵ月にわたり天声人語」を執筆した。

平成元年(1989年)7月8日、85歳で死去。

大悟法利雄『牧水歌碑めぐり』によれば、67番目の牧水歌碑である。

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