芭蕉の句碑埼 玉


原中や物にもつかず啼雲雀

埼玉県の北本市石戸宿に榎堂がある。


榎 堂


榎の下に芭蕉の句碑がある。


原中や物にもつかず啼雲雀

出典は『あつめ句』

貞亨4年(1687年)、芭蕉44歳の時の句。

『続虚栗』(其角編)に収録されている。

嘉永4年(1851年)、石戸連建立。

この句碑は『芭蕉句碑を歩く』(小林 甲子男著)には収録されていない。

碑の裏に石戸連15名の句が刻まれている。

北本市には荒井にも芭蕉の句碑がある。

北本市石戸宿の南は桶川市川田谷。

 江戸時代、川田谷村は俳句が盛んで、与野の俳人鈴木荘丹の弟子菜窓菜英がいた。

川田谷の花見堂に芭蕉の句碑があるというので探してみた。

 川田谷は広い。川田谷生涯学習センターで聞いてみたが、川田谷に花見堂はないという。

紅花が咲いていた。


桶川市川田谷の南が上尾市領家。

上尾市領家の椿堂にも芭蕉の句碑がある。

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