芭蕉の句
道のべの木槿は馬にくはれけり
大井川越る日は、終日雨降ければ、 秋の日の雨江戸に指おらん大井川 ちり 馬上吟 道のべの木槿は馬にくはれけり |
談林の時俳諧に長じ、日々向上にすり上ゲ、終に談林を見破り、はじめて正風体を見届、躬恒・貫之の本情を探て始て、 道野邊の木槿は馬に喰れけり と申されたり。
『歴代滑稽伝』 |
この句は、「甲子吟行」に出て、「馬上の吟」という前書がついている。芭蕉は鞍上にあって、馬の振舞に目を着けていたのだ。馬は道ばたの木槿の花を食いとった。木槿の花を主として詠えば、この句のような受身の句になる。「道のべの木槿」はいかなる厄に会うかも知れぬ。「馬に喰れけり」はその厄の一つだ。
『句碑をたずねて』(東海道) |
秋田県由利本荘市の慶祥寺 東京都世田谷区の眞福寺 静岡県島田市の長光寺、掛川市の小夜の中山 長野県中野市の本光寺、長野市の守田神社、伊那市の相頓寺跡 新潟県十日町市の中屋敷集落開発センター 愛知県豊橋市の東観音寺、岡崎市の春谷寺 三重県伊勢市の旧豊宮崎文庫 徳島県石井町の共同墓地 福岡県うきは市の橋の本霊苑に句碑がある。 |
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栃木県那須烏山市の正光寺、野木町の法音寺 群馬県桐生市の安養寺、みなかみ町の下牧、高崎市の県道33号沿い 埼玉県越谷市の西教院、毛呂山町の川角八幡神社 神奈川県藤沢市の民家 長野県中野市の光林寺 山梨県甲斐市の金刀比羅神社 徳島県鳴門市の宝福寺 熊本県熊本市の往生院に句碑がある。 |
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道ばたや馬も喰はぬ捨早苗
『八番日記』(文政2年) |
むらさき色の鮮かな花といへばいかにも艷々しく派手に聞ゆるが、不思議とこの木槿の花に限つてさうでない。さうでないばかりかその反對に、見れば見るほど靜かな寂しさを宿して咲いてゐる花である。この花の咲き出す頃になると思ひ出される例の芭蕉の句の、 道ばたの木槿は馬に喰はれけり は如何にもよくこの花の寂しさを詠んでゐるが、なほそれでも言ひ足りないほどに今年などはこの花に對して微妙な複雜な心持を感じたのであつた。この芭蕉の句も彼が旅行の途次、富士川のあたりを過ぎつゝ馬上で吟じたものであるといふが、この花は不思議にまた我等に『旅』の思ひをそゝる。この花を見るごとに、秋を感じ、旅をおもふ。何物にともなく始終追はれ續けてゐる樣な、おちつかぬ心を持つた私にとつては殊更にもこの花がなつかしいのかも知れぬともおもふ。
若山牧水『樹木とその葉』(木槿の花) |