後鳥羽院の命によって編纂された勅撰和歌集である。撰者は源通具・六条有家・藤原定家・藤原家隆・飛鳥井雅経・寂蓮の6人。八代集の最後。全二十巻。 |
新古今和歌集 巻第一 春歌上 はるのはじめのうた
太上天皇
ほのぼのと春こそ空にきにけらしあまのかぐ山霞たなびく百首歌たてまつりし時、春の歌
式子内親王
山ふかみ春ともしらぬ松の戸に絶々かゝる雪の玉水崇徳院に百首歌奉りける時
藤原清輔朝臣
朝霞深くみゆるや煙立つ煙立つ室の八島のわたりなるらん晩霞といふ事をよめる
後徳大寺左大臣
なごの海の霞の間より眺むれば入る日を洗ふおきつしらなみをのこども、詩を作りて歌に合せ侍りしに、水 郷ノ春望といふ事を
太上天皇
見渡せば山もと霞むみなせ川夕べは秋と何思ひけん摂政太政大臣家百首歌合に、春曙といふ心をよみ 侍りける
藤原定家朝臣
霞立つすゑの松山ほのぼのと浪にはなるゝよこ雲の空守覺法親王、五十首歌よませ侍りけるに
藤原定家朝臣
春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかゝるよこ雲のそら祐子内親王藤壷に住み侍りけるに、女房うへ人な どさるべきかぎり物語して、「春秋のあはれいづ れにか心ひく」などあらそひ侍りけるに、人々お ほく秋に心をよせ侍りければ
菅原孝標女
あさ緑花もひとつに霞みつゝおぼろに見ゆる春の夜の月新古今和歌集 巻第二 春歌下 だいしらず
赤 人
もゝしきの大宮人はいとまあれや櫻かざしてけふもくらしつ山さとにまかりて、よみ侍ける 山里の春の夕ぐれ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りけり 題不知 ながむとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそ悲しかりけれ 新古今和歌集 巻第三 夏歌 題不知
持統天皇御製
春過ぎて夏きにけらししろたへの衣ほすてふ天のかぐ山最勝四天王院のしやうじに、あさかのぬまかきた るところ
藤原雅経朝臣
野邊はいまだあさかの沼にかる草のかつ見るまゝに茂るころ哉だいしらず
西行法師
道の邊に清水流るゝ柳蔭しばしとてこそ立ちどまりつれ新古今和歌集 巻第四 秋歌上 だいしらず
寂蓮法師
さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮
西行法師
心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ澤の秋の夕暮西行法師、すゝめて、百首歌をよませ侍りけるに
藤原定家朝臣
み渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋とまやの秋の夕ぐれ百首歌たてまつりし時
前大僧正慈圓
ふけゆかば煙もあらじ鹽がまのうらみなはてそ秋のよの月八月十五夜和歌所歌合に、海邊ノ月といふ事を
宮内卿
心ある雄島のあまのたもと哉月宿れとはぬれぬ物から
鴨長明
松島や潮くむあまの秋の袖月は物思ふならひのみかは和歌所歌合に海邊ノ月を
藤原家隆朝臣
秋の夜の月やをじまのあまの原明方ちかき沖の釣舟新古今和歌集 巻第五 秋歌下 草葉には玉と見えつゝわび人の袖の涙の 秋のしら露 百首たてまつりし時
攝政太政大臣
蛩(きりぎりす)鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかもねん新古今和歌集 巻第六 冬歌 橋上ノ霜といふことをよみ侍りける
法印幸清
かたしきの袖をや霜にかさぬらん月に夜がるゝ宇治の橋姫
中納言家持
かさゝぎの渡せるはしに置く霜のしろきを見れば夜ぞ深(ふ)けにける津の國の難波の春は夢なれやあしの枯葉に風渡るな 攝政太政大臣家の歌合に、湖上ノ冬月
藤原家隆朝臣
しがのうらや遠ざかり行く浪まより氷りて出づる有明の月題しらず
赤 人
うば玉の夜の深(ふ)けゆけばひさ木おふる清き川原に千鳥なくなり陸奥國にまかりける時、よみはべりける 夕されば潮風こして陸奥の野田の玉川千鳥鳴くなり 百首歌たてまつりしとき
藤原定家朝臣
駒とめて袖打はらふかげもなしさののわたりの雪の夕暮だいしらず
赤 人
たごの浦に打出でてみれば白妙のふじの高ねに雪はふりつゝとしのくれに、身のおいぬる事をなげきてよみ侍 りける
和泉式部
かぞふれば年の殘りもなかりけりおいぬるばかりかなしきはなし新古今和歌集 巻第七 賀歌
仁徳天皇御歌
高き屋にのぼりて見れば煙たつ民のかまどはにぎはひにけり新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 |
みちのくにへまかりける野中に、めに立つさまなるつかの侍りけるを、とはせ侍りければ、「これなん中將のつかと申す」とこたへければ「中將とはいづれの人ぞ」ととひ侍りければ、「實方朝臣の事」となん申しけるに、冬の事にて、しもがれのすゝきほのぼのみえわたりて、折ふし物がなしうおぼえ侍りければ |
西行法師
くちもせぬ其の名ばかりを留め置きて枯野の薄形見にぞみる |
世のはかなき事を歎く比、みちのくにに名ある ところどころ書きたる繪をみ侍りて |
みし人の煙(けぶり)となりし夕べよりなぞむつまじき鹽がまのうら 新古今和歌集 巻第九 離別歌 |
實方朝臣、みちのくにへくだり侍りけるに、餞 すとてよみ侍りける |
中納言隆家
別路はいつも歎きのたえせぬにいとゞかなしき秋の夕暮 |
返し |
實方朝臣
とゞまらん事は心にかなへ共いかにかせまし秋のさそふを陸奥守(みちのくにのかみ)もとよりの朝臣、久しくあひみぬよし申 して、いつのぼるべしともいはず侍りければ
藤原基俊
歸りこん程思ふにもたけくまのまつわが身こそいたく老いぬれ |
新古今和歌集 巻第十 羇旅歌 |
もろこしにてよみ侍りける
山上憶良
いざこどもはや日の本へ大伴の御津の濱松まちこひぬらん題しらず
人 麿
天離(あまざか)るひなのながぢをこぎくれば明石のとよりやまとしまみゆあづまのかたにまかりけるに、あさまたけに煙 のたつをみてよめる しなのなるあさまのたけに立つ煙をちこち人のみやはとがめね するがのくにうつの山にあへる人につけて、京に つかはしける するがなるうつの山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり 壬生忠岑
あづまぢのさやの中山さやかにも見えぬ雲井に世をやつくさん立ちかへり又もきてみん松嶋やをじまのとまや浪にあらすな
藤原雅經
ふる郷のけふの面影さそひこと月にぞ契るさよの中山家隆朝臣
古郷に聞きし嵐の聲もにず忘れね人をさやの中やま松がねのをじまがいそのさ夜枕いたくなぬれそあまの袖かは 旅歌とてよめる 旅人の袖吹きかへす秋風に夕日さびしき山のかけはし 堀河院御時、百首歌たてまつりける時、旅歌
藤原顯仲朝臣
さすらふるわが身にしあれば象潟や蜑の苫屋にあまた旅ねぬ |
天王寺にまうて侍けるに俄に雨ふりけれは江口にやとをかりけるにかし侍らさりけれはよみ侍ける |
西行法師
世中をいとふまてこそかたからめかりのやとりをおしむ君かな |
返し |
遊女妙
よをいとふ人としきけはかりの宿に心とむなと思ふはかりそ新古今和歌集 巻第十一 戀歌一 |
女に遣はしける |
在原業平朝臣
かすがのの若紫のすり衣忍ぶの亂れかぎりしられず |
題不知 |
中納言兼輔
みかの原わきて流るゝ泉川いつみきとてか戀しかるらんつれなく侍りける女に、師走の晦(つごもり)に遣はしける
謙徳公
あら玉のとしにまかせてみるよりは我こそこえめあふ坂の關 |
女につかはしける |
藤原惟成
かぜふけばむろのやしまの夕煙心の空に立ちにけるかな |
百首歌の中に忍ブル戀 |
式子内親王
玉のをよ絶えなばたえねながらへば忍ぶる事のよわ(は)りもぞする
伊 勢
なにはがた短きあしのふしのまもあはでこのよをすぐしてよとや東路のみちのはてなる常陸帶のかごとばかりもあはんとぞおもふ |
曽禰好忠
かやり火のさよふけがたの下こがれくるしやわが身人しれずのみゆらのとを渡るふな人かぢをたえゆくへ(ゑ)もしらぬ戀の道かも |
新古今和歌集 巻第十三 戀歌三 中關白かよひそめ侍けるころ 儀同三司母
忘れじの行末まではかたければけふを限りの命ともがな |
新古今和歌集 巻第十四 戀歌四
定家朝臣
松山と契りし人はつれなくて袖こす浪にのこる月かげ水無瀬の戀十五首歌合に
雅 經
見し人のおも影とめよきよみがた袖にせきもる浪のかよひぢ |
新古今和歌集 巻第十五 戀歌五 藤原惟成につかはしける
読人不知
うちはへていやはねらるゝ宮城野の小萩が下葉色にいでしより返し
藤原惟成
はぎのはや露のけしきもうちつけにもとよりかはる心あるものをみちのくにのあだちに侍りける女に、九月ばかり につかはしける
重 之
おもひやるよそのむら雲時雨れつゝ安達の原に紅葉しぬらむ新古今和歌集 巻第十六 雜歌上 鶯を 谷ふかみ春のひかりのおそければ雪につゝめる鶯のこゑ 柳を 道の辺の朽木の柳春来ればあはれ昔としのばれぞする はやくよりわらはともだちに侍りける人の、とし ごろへてゆきあひたる、ほのかにて、七月十日の ころ、月にきほひてかへり侍りければ めぐりあひてみしやそれともわかぬまに雲隱くれにし夜はの月かげ 五十首歌めししに
前大僧正慈圓
秋をへて月をなかむる身となれりいそぢのやみを何歎くらん百首歌たてまつりしとき
藤原隆信朝臣
ながめてもむそぢの秋は過ぎにけりおもへば悲し山のはの月新古今和歌集 巻第十七 雜歌中 和歌所歌合に、關路ノ秋風といふ事を
攝政太政大臣
人すまぬふわの關屋のいたひさしあれにしのちはたゝ秋の風海邊ノ霞といへるこゝろをよみ侍りし
家隆朝臣
みわたせば霞のうちも霞みけり煙たなびく鹽がまのうらあづまのかたへ修行し侍りけるにふじの山をよ める
西行法師
風に靡くふじの煙の空に消えて行方も知らぬわが思ひ哉五月のつごもりに、ふじの山のゆきしろくふれる をみてよみはべりける
業平朝臣
時しらぬ山はふじのねいつとてかかのこまだらに雪のふるらん題不知 ものゝふのやそうぢ川のあじろ木にいさよふ浪のゆくへ(ゑ)しらずも ぬのびきのたき見にまかりて
中納言行平
わがよをばけふかあすかとまつかひの涙のたきといつれたかけむ京極前太政大臣、ぬのびきのたきみにまかりて侍 りけるに
二条關白内大臣
みなかみの空にみゆるは白雲の立つにまがへるぬのびきの瀧最勝四天王院の障子に、ぬのびきのたきかきたる ところ
藤原有家
久かたのあまつをとめが夏衣雲井にさらすぬのびきのたき新古今和歌集 巻第十八 雜歌下 山 あしびきのこなたかなたに道はあれど都へいざといふ人ぞなき 月 つきごとに流ると思ひし真澄かゞみにしの浦にもとまらざりけり 雲 山わかれとびゆく雲の歸りくる影みる時は猶たのまれぬ 野 つくしにも紫おふるのべはあれどなき名悲しぶ人ぞ聞えぬ 道 かるかやの關守にのみみえつるは人も許さぬ道べなりけり 海 うみならずたゝへる水の底までにきよき心は月ぞてらさん 前大僧正慈圓、文にては思ふほどの事も申しつく しがたきよし、申し遣はしてはべりける返事に
前右大將頼朝
陸奥のいはでしのぶはえぞしらぬかきつくしてよつぼの石ぶみ
西行法師
またれつる入相の鐘の音すなりあすもやあらばきかむとすらん和泉式部、みちさだにわすられてのち、ほどなく 敦道親王かよふときゝてつかはしける うつろはでしばし信太の杜をみよかへりもぞする葛のうら風 返し
和泉式部
秋風はすごくふくとも葛のはのうらみ顔にはみえじとぞ思ふ新古今和歌集 巻第十九 神祇歌 香椎宮のすぎをよみはべりける
よみ人しらず
ちはやぶる香椎の宮のあや杉は神のみそぎにたてるなりけりくまのへまうでたまひけるとき、みちにはなのさ かりなりけるを御覧じて
白河院御歌
さきにほふはなのけしきをみるからに神の心ぞ空にしらるゝ |