詞花和歌集巻第一 春 一条院の御時、奈良の八重桜を人のたてまつり て侍けるを、そのお(を)り御前に侍ければ、その 花をたまひて、歌よめとおほせられければよ める
伊勢大輔
いにしへの奈良のみやこの八重ざくらけふ九重ににほひぬるかな詞花和歌集巻第三 秋 なく虫のひとつ声にもきこえぬはこゝろごゝろにものやかなしき 詞花和歌集巻第五 賀 ある人の子三人冠(かぶり)せさせたりける又の日、 いひつかはしける
清原元輔
松島の磯にむれゐる蘆鶴(あしたづ)のを(お)のがさまざまみえし千代かな詞花和歌集巻第六 別 橘為仲朝臣陸奥(みち)の国の守にてくだりけるに、 太皇太后宮の台盤所よりとて、誰とはなくて 東路のはるけき道を行(ゆき)かへりいつかとくべきしたひもの関 詞花和歌集巻第七 恋上 題不知
藤原実方朝臣
いかでかは思ひありともしらすべき室の八島のけぶりならでは冷泉院春宮(とうぐう)と申ける時、百首歌たてまつりけ るによめる
源重之
風をいたみ岩うつ浪のお(を)のれのみくだけてものをおもふころかな題不知
大中臣能宣朝臣
御垣守衛士のたく火の夜はもへ(え)昼はきえつゝものをこそおもへ題不知
新院御製
瀬をはやみ岩にせかるゝ滝川のわれてもすゑにあはむとぞ思ふ詞花和歌集巻第九 雑上 おなじ御時、百首歌たてまつりけるによめる なみたてる松のしづ枝をくもでにてかすみわたれる天の橋立 左衛門督家成、布引の滝みにまかりて、歌よ み侍けるによめる
藤原隆季朝臣
雲ゐよりつらぬきかくる白玉をたれぬのひきの滝といひけん詞花和歌集巻第十 雑下 新院位におはしましし時、海上ノ遠望といふこ とをよませ給ひけるによめる わたのはら漕ぎいでてみればひさかたの雲ゐにまがふ沖つ白浪 藤原頼任朝臣美濃の守にてくだり侍けるとも にまかりて、その後年月をへてかの国の守に なりてくだり侍て、垂井といふいづみをみて よめる
藤原隆経朝臣
むかしみし垂井の水はかはらねどうつれる影ぞ年をへにける |