旅のあれこれ文 学


『千載和歌集』

撰者は藤原俊成。

文治4年(1188年)4月22日、完成。後白河院の奏覧に供されたという。

 千載和歌集巻第一

    春歌 上

   法性寺入道前のおほきおほいまうち君内大臣
   に侍ける時、十首歌よませ侍けるによめる
源俊頼朝臣
けぶりかと室の八島を見し程にやがても空のかすみぬるかな

   故郷ノ花といへる心をよみ侍ける
よみ人しらず
さゞ浪や志賀のみやこはあれにしをむかしながらの山ざくらかな

 千載和歌集巻第三

    夏歌

   卯花の歌とてよみ侍りける
仁和寺後入道法親王覚性
玉川を(お)にきゝしは卯の花を露のかざれる名にこそありけれ

   白河院鳥羽殿にを(お)はしましける時、男(をのこ)ども歌
   合し侍けるに、卯花をよめる
藤原季通朝臣
見てすぐる人しなければ卯花の咲けるかきねやしらかはのせき

   暁郭公といへる心をよみ侍ける
右のおほいまうち君
郭公なきつるかたをながむればたゞ有明の月ぞのこれる

   摂政右大臣に侍ける時、百首歌よませ侍ける
   に、五月雨の心をよめる
源行頼朝臣
五月雨に室の八島を見わたせばけぶりは波なみのうゑ(へ)よりぞたつ

藤原盛方朝臣
岩間よりを(お)ち来る滝のしら糸はむすばて見るも涼しかりけり

 千載和歌集巻第四

    秋歌 上

   堀川院御時、百首歌たてまつりける時よめる
源俊頼朝臣
さまざまに心ぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ

 千載和歌集巻第五

    秋歌 下

源俊頼朝臣
松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里

大納言実房
清見潟関にとまらで行舟はあらしのさそふ木の葉成けり

左大弁親宗
もみぢ葉のみなぐれなゐにちりしけば名のみなりけり白川の関

前右京権大夫頼政
みやこにはまだ青葉にて見しかどももみちちりしく白川の関

 千載和歌集巻第六

    冬歌

   宇治にまかりて侍けるときよめる
中納言定頼
あさぼら宇治の川霧たへ(え)だへ(え)にあらはれわたる瀬々の網代木

 千載和歌集巻第八

    羈旅歌

   行路ノ初雪といへる心をよみ侍ける
八条前太政大臣
夜な夜なの旅寝のとこに風さえてはつ雪ふれる佐夜の中山

   丹波国にまかれりける時よめる
赤染衛門
思ふ事なくてぞ見まし与謝の海のの天の橋だて都なりせば

   羈中歳暮といへる心をよめる
僧都印性
東路も年も末にや成ぬらん雪降りにけり白河の関

 千載和歌集巻第十一

    恋歌 一

   忍恋

いかにせむ室の八島に宿もがな恋のけぶりを空にまがへん

 千載和歌集巻第十二

    恋歌 二

   百首歌たてまつりける時、恋の歌とてよめる
前参議親隆
みちのくの十綱の橋くる綱の絶えずも人にいひわたるかな

   スル恋といへる心を
二条院讃岐
我袖は潮干に見えぬを(お)きの石の人こそ知らねかは(わ)く間ぞなき

 千載和歌集巻第十三

    恋歌 三

待賢門院堀河
長からん心も知らず黒髪の乱れてけさはものをこそ思へ

   摂政右大臣の時の家歌合に、旅宿に逢ふ恋と
   いへる心をよめる
皇嘉門院別当
難波江の蘆のかりねの一夜ゆへ(ゑ)身をつくしてや恋ひわたるべき

 千載和歌集巻第十四

    恋歌 四

   崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋の歌と
   てよめる
上西門院兵衛
我袖の涙や鳰の海ならむかりにも人を見るめなければ

殷富門院大輔
見せばやな雄島の海人(あま)の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず

 千載和歌集巻第十五

    恋歌 五

もの思へどもかゝらぬ人もあるものをあはれなりける身の契りかな

   月前恋といへる心をよめる

歎げゝとて月やはものを思はするかこち顔なる我涙かな

 千載和歌集巻第十六

    雜歌 上

   嵯峨大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍け
   るによみ侍ける
前大納言公任
滝の音は絶えて久しく成ぬれど名こそ流れてなを(ほ)聞えけれ

   京極前太政大臣布引の滝見侍ける時、よみ侍
   ける
六条右大臣
水の色のたゞ白雲と見ゆる哉たれさらしけん布引の滝

   布引の滝をよめる
藤原良清
(お)とにのみ聞きしは事の数ならで名よりも高き布引の滝

   室の八島をよみはべりける
藤原顕方
絶えず立つ室の八島の煙かないかに尽きせぬ思ひなるらむ

 千載和歌集巻第十七

    雜歌 中

   五題不知
法印慈円
おほけなく憂き世の民におほふ哉われ立つ杣に墨染の袖

   述懐百首の歌詠み侍けるとき、鹿の歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山のを(お)くにも鹿ぞ鳴くなる

   東の方にまかりけるに、八橋にてよめる
道因法師
八橋のわたりにけふもとまるかなこゝに住むべきみかはと思へば

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