常盤会寄宿舎監督。幼名助之進、元服して師克(もろかつ)、のち素行(もとゆき)。俳号の「鳴雪」は、「何事も成行きに任す」の当て字という。 |
弘化4年(1847年)4月15日、松山藩の江戸中屋敷に生まれる。 明治26年(1893年)8月20日、正岡子規は「はてしらず」の旅を終えて上野に着く。 |
わが旅中を憶ふとて 秋やいかに五十四郡の芋の味 鳴雪 |
明治42年(1909年)1月1日、『鳴雪句集』刊行。 大正6年(1917年)4月22日、鳴雪古稀祝賀春季吟行。 |
四月二十二日。晴。鳴雪古稀祝賀春季吟行。朝、浅草駅発。別 一行は昨二十一日午後より先行。羽生までの車中。 蒜の小さき坊主や春寒し 春水や矗々(ちくちく)として菖蒲の芽 |
大正7年(1918年)8月、鳴雪70歳の寿碑として「元日や一系の天子不二の山」の句碑を建立。 大正15年(1926年)2月20日、78歳で没。青山霊園に墓所がある。 |
弔鳴雪翁 梅ばかり十枝あまりをまゐらせん |